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 歳が離れているから、関索のようにけんかをしたり一緒に遊んだりということはなかったが、ずっと普通の兄弟だった。
 生まれた時から関平は兄としてもういたから、彼が父の子でないと関興が知ったのはかなり後になってからだった。
 なにしろ、まるで世間の並の兄と変わらなかったのだ。
 そして、真実を知ったからといって兄を他人と思いはしなかった。
 しかし今も兄が実の兄と思ったままでいたら、兄を愛したりしただろうか。
 考えてもせんないことだが、しかし。
──正直言って、それはない。
 関興は思った。
 だからといって知らなかった昔には戻れないが、では、自分の気持ちはその程度のものなのか。
 許される相手と知ったから、はいそうですかと沸いてきた気持ちなのか。
──それは、それは違う!
 世にはばかる相手だから、こんなにものめり込むのだろうか。
──そんなことはない。
 そう否定してはみたが、しかし彼が兄ではなかったらこんなに深く愛したりはしなかっただろう。きっとそうだろう。
 理屈ではないのだ。

 関興はふっとため息をついた。
 ここのところ考えごとが堂々巡りで疲れてしまい、仮定の話ばかりもてあそんでしまう。
──兄弟か恋か。
 突きつけられた難問に弱って、考えてもしかたのないことをに逃避してしまう。
 思考を立て直して関興は続けた。
──どうしたって私たちは、兄と弟だ。
 それはそれでいい。
 彼を好きだからといって、兄である彼を否定するのではない。
 恋人として見て欲しいからといって、弟であることが嫌になったわけではない。
 ただ、自分が弟を見るのと同じように兄が自分を見ているかも知れないと想像すると憂鬱だった。
 弟にを見て「索はガキで聞きわけがないから」とそう思うように、兄も自分をあしらっているかもしれないと思うと苦しかった。
 自分だって、弟であるということだけで自分といくらも違わない関索のことを子供扱いしているくせに。
──兄上が私の年の時、私はいくつだ? いや、まだ生まれていないか。
 そう思うとげんなりした。このとてつもない溝をどうしたら埋められるだろう。
 赤ん坊の時分から面倒見てやった子供が成りばかり大きくなって、もう大人になったから対等に扱えと、一人前の男として認めろと、そう言ったら、どうするものか?
 とてもではないが、まともに相手できない。
 よしよしわかったと頭をなでてやって、熱が下がるのを待つだろう。
──本来なら、兄上が真剣に話を聞いて下さったことだけでも感謝せねばならぬのだろうな。
 だが我が張っている彼はそれだけでは満足できなかった。閨で兄と一対一の相手になりたかったが、兄は容易に意のままにならなった。
 それでは、どうしたらいいのだろうと迷い、答えは長らく出なかった。
 そして行き詰まり、気ばかりあせっていた。
──それで、言葉を間違えてしまったのだ。
 兄であるのを忘れろなどと。
 そんなことを言いたいのではなかった。
 優しい兄を、あんな風に怒らせることはなかったのに。

 氷雨を刺して鳴り響きだした稲光に誘われて回廊に出ると、関興は空を見上げた。
──急に冷え込んだからだな。
 今の彼にとって、雷は気候現象の単なる一つでしかない。
 幼い日に、あんなにも恐ろしくてならなかった気持ちは思い出そうにも思い出せない。
 では自分は心が強くなったのだろうか。
──いや、心が嘘つきになった。ただ心が鈍感になったのだ。
 それならば、と思う。
──では兄上のことも忘れてしまえばいい。こんな、自分の兄を好きになるような厄介な恋心など忘れてしまえばいいのだ。どうせ心が鈍ったのなら。
 自暴自棄気味にそう思う。
 子供のころだったなら、兄を怒らせてしまったなら雷の晩を待って彼の部屋に逃げ込めばよかった。震えている自分に兄が庇護欲をそそられているところを狙って、弱々しく「このあいだはごめんなさい」と謝ったら、兄は抗えず自分を許しただろう。
 しかし今は事情が違う。もう自分は大人になったと宣言して、そうして兄の寝床に入れてもらったのだから。

 こんな風に思考回路が疲労し破綻している時に考えごとをしても自分はろくな行動をしないと知っている関興は、切り上げて眠ろうと思った。もう雷におびえて眠れない自分ではないし、寝て起きれば天気も頭も回復しているだろう。
「興」
 きびすを返そうとしたその時に兄が声をかけてきた。
 悪気のない兄は、時として致命的に間が悪い。
「この寒いのに」
 痛々しいように弟を見て、持ってきた自分の綿入れを着せかけ、襟巻きを巻いてくれる。
 関興もじき成人しようかという青年だ。その彼が小さい子供のように人の面倒を受けているのはほほえましいと言うよりはいきすぎた感があったが、関興はなんの疑問もないらしくそれを受けた。
 彼にとって、兄の存在はそれほど骨身にしみ込んでいる。
 兄を切り捨てるなど、考えられないではないか。
──そうだ、忘れてしまえばいい。
 兄が言うように、ただの仲のいい兄弟に戻ればいい。そうすれば、なにも悩むこともなくなる。
 楽な方へと心が傾きかけたその時、彼を激しく雷鳴が打った。

──嫌だ。
 稲光に目がくらみ、耳をつんざく轟音に体がしびれた。
──嫌だ! それでも私は、兄上が好きだ。
 関興は激しく兄を抱きしめると、その口をふさいだ。
「う、ん」
 関平は始め弟を押しやろうとしたが、弟の激昂を察してしばらく好きにさせた後、落ち着くころを見計らって体を離した。
「それで、答えは決まったのか? 興」
 兄の冷淡な態度に関興は鼻白み、そしていらだった。
 少しとがめるように、課題をさぼって遊んでいる子を叱責する口調で兄は言う。
 しかしこれは、きれいに唯一解が出る算術の問題のような、そんな簡単な問いではないはずだ。
 兄は時としてこうした無理を言う。
 兄の心には戸惑いや矛盾はないのだろうか。彼は後ろめたい心を持ったことはないのか。
 そうしている間にも兄は落ち着き払って関興のぬれた髪を拭ってくれている。
 自分がこんな風に混乱しうろたえているのに、どうしてこんなに理路整然としていられる。
 恋に平静を失い、抑えがたい劣情に見境をなくすことは兄にはないのか。どうして。どうしてだ。
──兄上が私に向ける心は恋ではないからだ。
 思えば単純な答えで、かなり以前から分かっていたそれを、関興はようやく認める気になった。
 いや、追い詰められてもはや認めるしかなくなったのだった。
──もう、めちゃくちゃだ。
 関興は兄を自室に引きずり込み、構わず床に荒々しく押し倒した。
「これがお前の答えなのか」
「私は選べませぬ! 兄も恋仲も、どちらか一つになどできませぬ」
「興」
 自分たちは普通以上に兄弟らしかった。騎馬も弓も関興は主に兄に教わった。
 恋仲はよしんばあきらめることはできたとしても、兄としての彼は打ち消しようもない。
 自分が生まれて今日まで生きてきたこの自我の、兄は大きなその要素だ。自分の一部だ。
──兄か恋かどちらかしか選べないとすれば、二つに一つならば、兄しか選べぬ。
 だが、
「嫌だ!」
 断固として関興は叫んだ。
 理屈ではない。
 関興は兄の二の腕を鷲掴み、顔を寄せた。
「兄上が好きだ。私の兄である兄上が好きなのです。兄上が嫌だと言っても、兄上がだめだと言っても、興は兄上が好きです!」
「こ、興…」
 兄に叱りつけられるのは覚悟の上だったが、兄は気配を変え、初めて見せるうろたえた顔で弟を見た。
「私は、兄上が好きだ」
 熱っぽく関興は言う。
 そしてその時初めて彼は兄の眼に狼狽を見た。
 関平は動悸を覚え、なにか言おうとしたがのどが張りついたようになって口がきけない。
 逃れようとしても関興が体ごと乗りあがって許さない。
「兄上が嫌だと言っても、抱きます」
 やめろと言うべきだったが声にならない。
 胸が震えるほの暗い欲を持って弟を見る。
 彼はずっと、高みに立ち、弟を手の平に乗せてかわいがる余裕があった。
 愛しい弟の欲求を聞き入れてやるのはさしたる労働ではなく、弟と寝るのも、のどが渇いたとぐずる幼い弟に水を汲んできてやるのと同じ種類の奉仕であり、弟がうまそうにそれを飲み干し機嫌をよくすればこちらも嬉しいという、その程度のことだった。
 夜、眠れないのだといって泣きそうな顔をして自分の部屋にやってくるの幼い弟を抱いて寝てやるのを面倒だと思ったことは関平はなかった。気の強い弟が、少しだけそういう部分を見せるのがむしろ嬉しかった。
 しかし今自分を見下ろしているのは柔らかくて暖かだった小さい弟ではなく、熱くたくましい男の体だ。もう、人を抱ける体だ。
──それも、私を。
 すでに何度か肌で覚えた弟の体を思って、関平は思わず身震いした。
 弟として御しきれなくなった彼に戸惑った。
 兄の頬が高潮し、今までと違う眼で自分を見ているのに、関興は熱を増す。
「兄上、欲しい」
 弟が耳元にささやきかけ、力強い腕で体をまさぐってくる。
「だ、だめだ、興」
「嘘です、兄上。体が熱い。こんな、初めてです。兄上も感じてる。そうでしょう」
 のし掛かった関興は裾を割って膝を進めながら太股をなでる。探る兄の肌はしっとりと熱い。つかんだ自身もすでに首をもたげている。
「熱いです。ねえ、兄上」
「こ…興」
 関平は弟の中に初めて実感として男を感じ、男の性を感じ、そして戸惑い、魅入られたように彼を見上げた。


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