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 触れあうだけだった口づけは当たり前のように深くなり気づけば兄にのしかかっていた。
「やめろとはこの期に及んで言わぬが、せめて寝台に行かないか」
 関興の気分としては場所などどうでもよかったのだが兄にはそこまでの情熱はないのだ。彼はそこでそう気づくべきだったが、そんな冷静が残っているぐらいなら自分の兄に恋を告げるような無謀なまねはできないに違いない。

 場所を移すといささか我に返ってしまい、ひとたび体を離して、向かいあってつくねんとしてすわりこんでしまうとどうにも再開するのは難しく、これならば勢いのままに済ませてしまうべきだったと関平が悔やんでいると、意外と落ち着いているのか弟は話を始めた。
「急に稽古をつけて下さったのは、あれはなんだったのです。私はあれが試験なのだと思いました。自分にかなわないのならあきらめろと兄上はおっしゃっているのかと。兄上を負かせられないのならあきらめろと」
「なぜこんなことに条件がある。私はただお前が私を守るなどと言うから、それには及ばないとそう言ったつもりだった」
「それはよく分かりました。ご覧下さい、まだあざが消えませぬよ」
「済まん」
 冗談で言ったのに真剣にわびられて関興が返しに困っていると、関平は特に目立つ腕のあざを指でていねいになぞった。まるで、そうすれば消えるとでも思っているかのように、くり返しなぞった。
「まだ痛むか」
「いえ。兄上のおつけになった跡であれば私には痛くなぞございませぬ」
「やくたいもないことを」
 そうは言いながらおかしそうに笑う。
 いつだって兄は関興の言うことは真剣に聞き、おもしろくない冗談にも笑う。
 そんな話を以前張苞にしたところ、お前は心底から大事にされているのだなと感心された。
 そう思うと、改めて兄への思いが込み上げてくる。
「ねえ兄上、私が小さかったころ、よく一緒に寝て下さいましたね」
「お前が雷を怖がったからではないか。父上母上には怖いと言えないくせに、私のところにはくるのだからな。しかも誰にも内緒にするようにと口止めするのは忘れないのだから、ちゃっかりしたものだ」
「兄上しかご存じないのですから、ずっと内緒にしておいて下さい」
「それでいて、私がお前の見栄っ張りを知らないと思っているなど、お前は本当に調子のよい奴だ」
 関興はそこで余裕の笑みを浮かべた。
「でも私を好いて下さるのでしょう」
「まったく。調子づけるのではなかった。お前の性格は私にも責任があるとは前々から思っていた」
「そうです兄上、私が兄上を好いてしまったのは、兄上のせいです」
「興?」
「兄上が私を甘やかして大切にして下さるので、それで兄上を愛してしまったのです。兄上のせいです」
「お前らしい」
 腕の中の兄が笑うのが感触で分かって、関興は幸福をかみしめた。
「こんな勝手を言う私をまだ甘やかして下さいますか。これ以上のわがままも許して下さいますか」
「そのような気弱を言うのはお前らしくない。しかしこれでかわいい弟をなくしてしまうのは、それだけはさみしいものだ」
「それはこれからもそのままにしておいて下さい」
 調子のよいことばかりを言ってあきれたと、そう笑う兄だが、悪く取った様子はない。
 いつだって、関興がなにを言っても笑って聞いてくれた。自分が心のままに率直でいるのを喜んでくれていたのだ。
 そんな兄が自分の本質を知らないはずはなく、その本質を愛してくれないはずもない。
──ああなんだ、これでよかったのか。
 自分の偶像など兄は始めから見ていなかった。独りよがりに自分を飾り立てて、自分を苦しくしていたのか。
「愛しています兄上。私のものです」

「それでは、いざ」
「やはり、するのだろうな」
「兄上がお嫌でなければ、ぜひ」
「嫌というのではないが、私はその、前にも話したが、経験が」
「それは願ってもないことです。私は正真正銘初めてです」
「その割には随分と堂々としているな」
「ほれた相手を初めての相手にできるのですから。ですが兄上、できますれば、頼りなくとも私に任せていただけますか」
 照れ隠しにか珍しく皮肉を言った関平だったが、意気揚々たる彼には通じなかったようだ。
「任せよう」
 勝気な弟らしい言葉に関平は苦笑しながら承諾した。

 念入りな口づけに吐息がからむようになると、いささか気にかかることがあって関平は弟を止めた。
「お前、ずいぶん飲んでいるのだな」
「ああ、申し訳ございませぬ。ちょっと張苞の奴と飲み過ぎまして。いえ、ですが、泥酔などしておりませぬ。正気です。兄上はあいつがこちらにきているとご存知でしたか」
「官府で会った。私の顔を見たら小さくなっていたがな。あいつもいっぱしになったものだ。乳臭かったお前がいまや酒の匂いをさせて夜半に帰ってくるのだ」
 関平は嘆息した。
「歳月というものは途方もない力を持っているな。私が手を引いて歩いてやった小さな弟を一人前の男にしてしまった」
 しんみり言う兄に、この人が心から自分を慈しんでくれているのが痛いほど分かる。
「嬉しいが、さみしいような気もするものだな」
──私がどれだけ兄上を愛しているのだと言い張っても、兄上が私を思って下さる心には遠く足りないのかも知れぬ。
 長年無償の愛情を注いでくれた兄に比してみれば、兄を独り占めしたいとそればかり思う自分の心は幼稚なものなのだろう。
 そう思えば、自分がこれからしようとしていることが、兄に愛情につけ込んだ罪深いものに思えてきた。
 自分がそれを望んでいると思えば、あまり気乗りしないのだとしても兄は拒みはしないだろう。
「どうした、しないのか」
「あの、兄上が、その、お嫌であれば、興は」
──ああだめだ。もっとはっきり言わなければ。兄上から望むのでなければいたしませんと、強く、そうはっきり言わねば。
「ここまできて遠慮することもなかろう」
 しかし手を引かれれば諾々とつれられてしまう。
 関興は意を固め、兄の手をほどいて改めて自分からつかみ、兄に詰め寄った。
「興は兄上のために、急いで大人になったのです」
「私に隠れて張苞と悪さばかりしていたお前がな」
「まぜっかえさないで下され。兄上、大切にいたします。兄上が思って下さる以上に、きっと」
「それはどうだろうな」
「兄上」
「いいか。お前はそれは悩んだかも知れぬ。自分の性格のある面を短所のように思って悩んだかも知れぬ。だが、お前が自分で結論を出した今だからこそ言うが、お前がもしどんなまねをしようとも、私はお前を見損なったりはせぬ。お前がお前のことをどう思おうとも、私はお前を信じている。お前がどんなに正直な心の持ち主かは私が誰よりも知っている」
 関平はそう言葉を切ると、ゆったり笑った。
「これだけ聞いてもまだ、私に勝つつもりだと、そう言うか?」

 弟が堰が切れたように力任せに自分を抱き、熱のこもった目で見つめてくるので、図らずもそうさせてしまった自分としてはいよいよ腹を決めるしかないようだと関平は悟った。
「服は、どうするのだ? 脱いでよいのか?」
「ああ、はい。どちらからと、特に決まりはないようですが、ですが私がいたします」
 まじめくさって言う弟はこの件に関してずいぶん予習を積んできたらしい。
 脱がせるというよりは、弟が貪欲に触れる範囲を広げるのに押されて衣服は単に乱れていった。
 関平もなされるがままにしているのはふがいなかろうと弟の襟元に手を差し入れたが、その胸板の熱く硬いことに驚き、そして心細いまでに戸惑った。
 ああまったく、いつの間に彼は男になったのだろう。
 いつまでも彼は自分の弟でいるとばかり思っていた。
 すべすべとした頬の活発な男の子のままでずっといるのだと思っていた。
 いつのまに男になって、自分を下敷きにするまでになったのだろう。
 いや、関平はとっくにそのことを知っていた。知っていたから見ない振りをしてきた。
 めきめき男らしくなる彼は、いつまでも自分のかわいい弟でなどいてはくれないだろうとたやすく予想できた。
 さすがにこうした関係になるとまでは予想できなかったが、だから関平は、せめてせいぜい兄らしく、彼の前ではいようと努めた。
 弟に面目の立たない兄とならないように、そして一日でも長く彼が弟でいてくれるようにと。
 彼には明かさなかったが、返事を渋ったまさに真の理由はここにある。
 いつからか剣術を相手してくれなくなったと弟は言うが、自分はそれがいつだったかはっきり覚えている。
 弟の背が自分を越えた時だ。
 実の兄ではない自分は常に兄たる努力を続けなければ彼の兄でいられない。
 弟をどうにか拒みたかったのも、兄であり続けたかったからだ。
 まだ彼は自分を兄と慕ってくれているが、自分を腕にし所有して、彼はいつまですれない弟でいてくれるものだろう。
 しかし弟に求められるだけならばかわして済ますこともできただろうが、自分の心がそれを許してくれなかった。
 今となり、いかにもたくましく育った弟を見上げると、体の芯がざわめき立つ。
 彼が自分を意のままに、したいようにし、そうしたならば、自分はどうかなってしまうだろう。
 それが恐ろしかった。

 関興ははやる心を抑えて兄の体にゆっくりと触れた。
 自分の腕に兄がいる。唇に兄の肌が触れ、望むさま味わうことができる。
「あっ!」
 胸に触れられて思わず関平は声を上げた。
 弟が自分に肌をさらさせるに従って、関平は消え入りたい羞恥にさいなまれていた。
 これならば、見も知らない相手に身を任せた方がどれだけ楽か知れない。
 彼は自分の恋しい男であるばかりでなく、この上もなくかわいい弟でもあるのだ。なぜ世の人たちは、大事な相手とこそこんな酔狂なまねをするのだろうか。
 彼のなすがままにされるのはどうにも恐ろしいことに思われた。しかも、自ら望んでそうしようとしている。

 夢中で兄の体を愛撫していた関興だったが、核心に触れようとして大失態に気がついた。
 靴も履いたままで窓からこの部屋によじ入った自分になんの準備の持ちあわせもあるはずがない。
 期待は薄く持ちながらも、しかしいつそういう事態に陥ってもいいようにと関興は準備万端整えてあったのだがすべて水の泡だ。
 万事理詰めで思考する関興だが、追い詰められると挙句感情で行動してしまうのだった。
 どうしたものかともじもじしていると、
「これを使うといい」
香油の小瓶を差し出された。
 しかし兄が香を使うなどかつて見たことはない。
「その時がくればそのつもりで答えると言っておいたろう。私だって、なにも考えずいたわけではない」
 なかば感動して、関興は言った。
「ですが、断るつもりだったと、そうおっしゃった…」
「そんなことは言っておらんだろう。お前からあきらめることになってくれればいいと、そう思っていただけだ」
 憮然として言う兄に、ようやく関興は兄の心の実感を得て、あらためて兄の体に腕を回し、その口をふさいだ。

 関興は加減が分からず執拗に接吻を続けた。
 角度を変えて唇を、舌を、思うさまねぶる。
 息が上がって、体に力が入らない。
 くり返しくり返し、角度を変え深さを変えて、唇を深く合わせ舌を絡み合わせた。
「兄上、こうする日を夢見ておりました」
 断りを入れるようにそう言って、関興は油でしめした指を兄の中に恐る恐る差し入れた。
「ん…」
「痛いですか?」
「まだ痛いと言うほどではないが、頼むから、具合を尋ねたりしないで進めてくれ」
「はあ」
 しかし兄の言い分も分かるが、こちらとしては気になるものだ。
 続けると次第に緩んで抜き差しが楽になった。爪を切っておけばよかったと思いつつ関興が指を増やしていくと、兄の吐息が震えるように乱れる。
「辛いのですか兄上」
「聞くなと、言うのに…。辛いのならいくらでも我慢する。だが、そうではないから…」
 困るのだ、と兄は視線をそらして言った。
「あっ、ああ!」
 指がある一点に触れた途端、兄が大きく声を上げた。それを聞くと関興は矢も盾もたまらなくなり、破裂しそうな動悸にかき立てられて兄の足を割った。
「入れます。もう、持ちません」
 関平はうなずき、弟を受け入れようと力を抜いた。
 たくましく熱いものが、体を割り開いて入ってくる。
「うう…、く…」
──痛い…!
 脂汗が浮くのが分かる。こんなに痛いものとは思っていなかった。
 耐え難く痛い。やめてくれと叫んでしまいそうだ。
 しかし固くつぶっていた目を開くと、見上げるそこに弟の顔がある。
 弟も楽ではないようで額に汗をにじませていたが、自分と目があえばほころぶように笑うのだった。
「愛しています、兄上」
「ああ、私も! 私もだ興」
 口づけが甘かった。
 こんなことは、誰としても大差ないのだろうに、どうして思う相手としたいものなのか、つたなく、恥ずかしい思いをし、痛い思いをしてまでどうしてそうしたいのか、分かったように思った。

「済みません兄上、もう、抜きます」
 しばらく互いに熱心に抱きあっていたが、そう言う弟の切羽詰まった顔を見上げて関平は事情を悟り、その腕を引いた。
「いいから、中にするといい」
「ですが」
「こんな仲にまでなって、遠慮することはない」
「はい」
 弟が動くのを、痛みも引いてきたので少々悪趣味な気分で関平は観察していた。
 弟はまだ若い。いくらでも育ちそうな骨格。血色のよいみずみずしい肌。
 表面上は、弟が求め、それを自分が許したことになってはいるが、実情はどうなのだろう。
 いわば単純な弟を、気のない振りをしてあおり、その気にならしめただけではないのだろうか。
「ん…」
「あ…っ!」
 熱いたけりが体の中をぬらすのとは逆さまに、関平の心はひんやりとした。

 ことが終わっても関興は兄の体から抜き出さず、むしろ確かめるように腕の中に抱きかかえた。
──ああ、夢ではない。確かに夢ではない。兄上が私の腕の中に。
 そう思って一層強く抱いた拍子に兄が声を上げた。
「つっ!」
「あっ、申し訳ありませぬ」
 また自分の悪い癖で、自分の考えに夢中になって相手を思いやるのを忘れてしまった。非難めいたことはなにも言わないが、兄には無理をさせたろうに。
 体を離して汚れをふき取り、傷薬でも見つくろってこようと関興が立ち上がるのを関平は手を引いてとめた。
「大したことはないから、それよりもここにいてくれ」
 関平は手を差し伸べると、そばに膝をつく関興の頬をなでた。
「大きくなったのだなあ、興」
 兄のその言葉がいかにも寂しそうだったので、関興は胸を強くつかまれたように感じた。
──舞い上がって、自分は取り返しのつかないことをしてしまったのではあるまいか。
 にわかにそう思った。
「手当てなどいらぬ。疲れたから、少し休む」
 そう言うと、関興がとにかくなにか言おうと口を開いたのを待ちもせずまぶたを閉じてしまったのが拒絶のようで、関興はもうなにも声を掛けられなかった。
──なぜそのように寂しそうになさるのです。ついさっきまで快活に笑われたではないですか。
 面白かったと言って笑っていた。
──いや、だが、
 だいぶ冷静さが戻ってきて、関興は考えた。
 小さいころから、自分が聞き分けのないことを言い出しても、膝を折り、目線を合わせて納得するまで話してくれた兄ではないか。
 いつでも自分をなににも優先して真剣に扱ってくれた兄ではないか。
 その兄が、自分が心を告げたのを、面白がってじらしたりするだろうか。
──そんなわけはないではないですか兄上。
 少し時間をくれと言った。熱しやすく、冷めやすくもある自分の性格を見越して頭を冷やさせようとしたのではないか。
 それでも自分がしつこく言い募るので、むげにするのもかわいそうだと、断り切れなくなって兄は受け入れたのではないか。
 ほんの今しがた、これからも自分を甘やかすと、どんなわがままでも聞くと兄は笑って誓ったではないか。
 ああどうして、途中兄の本心を確かめようと思ったのにもかかわらず、結局はうやむやのまま進めてしまったのだろう。
 なんという軽率なまねをしたのだろう。
 いつも自分はこうだ。役に立たない考えは百もめぐらすくせに、あと一歩の冷静がいつも足りない。
 骨がなえたような気分で兄の枕元に関興は座り込んだ。
 一人取り残されて、それなのにこんな時でも、自分に抱かれた疲れをにじませて眠る兄は、関興の単純な征服欲を存分に満足させたのだった。


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