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もう長いこと、関平は甲板で船べりにもたれて水面をのぞき込んでいた。
河流は船端に叩かれ、逆巻き、あるいは渦巻き、ひと時たりとも同じ姿はない。
時を忘れてその様子に関平は見入っていた。
──ああ、私は思ったよりも参っているのだな。
我に返って、首を振る。
──こんなことではいけない。私はまだ、すべてを失ったわけではない。
人の気配に振り向けば父が立っている。
居心地悪そうな気配を見せる父など珍しい。敗者の余裕で関平から口を開いた。
「ご無事でなによりでした」
「お前はけがをしたか」
関平の片腕には包帯が巻かれ、吊り布で支えられていた。
「乱戦で少々後れを取りました。大したことはございませぬ」
息子が元と変わりない様子を見せるので関羽は緊張を解き、近寄ってその傷をあらためようとしたが、関平はとっさに身を引いて父に触れさせなかった。
二人の間に一瞬緊張が走った。
なにもなかったことにだけはさせませぬと、関平の目が強く語っている。
あの日からしばらくの時間を置いたことは二人のためによかったが、まだ過去のいうほど昔にはなっていなかった。
「よそ事を考えていて下手を打ったわけではありませぬ。自暴自棄になったわけでもございませぬ」
父がたじろぐのを見て、関平は己の言動がいくらかは父に影響があること喜んだ。そしてそんな自分におかしさが込み上げてきた。
「ご心配なさらずとも、これからもちゃんとあなたの息子でおります」
そして、相手を残してその場を去るのは今回は関平の方だった。
これが生涯の別れかと度を失って、あの時自分はなんと言ったのだったか。
言外の意味を精一杯込めて、私もついて参りますと言ったのだったか。
率直に、愛しているのですとそう言ったのだったか。
それとも、あなたを父と思うことはもうできませぬと、そこまで言ってしまったのだったろうか。
百万遍も、角度を変えて様々に思い返したので、どれが本当だったのか、もはや自分でも分からなくなってしまった。
しかしどんなに想像をたくましくしても、関羽が振り返る姿を関平は思い描けなかった。
曹操に追われて襄陽から江陵を目指す道中、諸葛亮の命を受け別働隊で江夏に向かう父を捕まえて、あの時自分は一体なんと言ったのだったろうか。
関平は残って民を護衛する任務を受けていた。行くも残るも命の保証はないと、そう思うともはや口をつぐんでいることはできなかったのだった。
関平の言葉を半身で聞いて、しかし一顧だにせずそのまま関羽は去ってしまった。
そむけたたままだった顔に関羽がどのような表情を乗せていたのかは分からない。
見下げ果てた顔だったろうか? ──そうかも知れない。
あきれ果てた顔だったろうか? ──それもあるだろう。
ともかく、好意的なものではなかったろう。それだけは分かる。
立ち去ろうとするのへすがって引きとめて、強引にあの人の唇に自分のそれを押しつけて、自分を置いては行かせないと言った。
想像の中の勇敢な自分は、思い返すたび間違いなくそうするのだが。
実際には、そうしてしまいたいとは思いながら、凍ったように身動きできずに、彼が去るに任せてただ見送ったのだった。
頭が真っ白になりなにも考えられないそんな中で、それでも本能的に、自分たちの間にこれ以上の亀裂が走るのを避けた。
親子の絆を自分から否定してしまった今、自分たちを結びつける明白なものは、もうない。
なにかすればするほど、自分とあの人の距離は広がるようだった。
「将軍、少しお話が」
関平に取り残されて一人川風にさらされている関羽に声をかけたのは軍医だった。
「ご子息のけがのことで」
医者がそこで言いよどむので、関羽は胸騒ぎがして先をせかした。
「関平殿の腕、傷自体はじきに治りましょうが、腱が切れているやも知れませぬ」
「腱が切れればどうなる」
「剣を持つこと、二度とかないませぬ」
関羽は愕然として、思わず自分の腕を押さえた。
「なんと…」
二の句が継げない。関羽が絶句する滅多に見られない様子に、医師は親の情を思って胸を痛めた。
「腕のこと、平には?」
「もちろんお話してございます」
──知っておるか。それでいてあの態度か。
「しばし内密に。兄上にも」
「は」
医者を帰して関羽はまた風を受けた。
息子がここで考え込んでいた気持ちが分かるような気がした。
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