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昼中駆けて華容に到着した関羽軍は、明け方に雨が降るという情報に野宿を避けて陣幕を立てた。
夜がふけても眠れず関平は自分の動悸を聞いていた。
父とはあれから役目以外口をきいていない。
眠らなければならない。明日は大事な日だ。それに悩んでもどうともならない。
悩んでなかったことにできる気持ちなら、とうにそうした。
──眠らなければ、眠らなければ。
そう思いながらようやくうとうとしだしたのは四更になろうかというころ。既に雨は降り始めていた。
疲れと雨が夢を誘った。
父が腕を伸ばしてくる。
愛していると言って、父が自分を抱く。
思いを込めて自分をかき抱いて、離さぬと熱く語る。
──父上。
愛しているのだと、繰り返し父が耳にささやき込んだ。
──父上、私も、
父の腕の温度。陶酔を誘う父の匂い。
──ああ、父上。私も、私もお慕いしております!
渾身の力で抱き返そうとして、腕がむなしく空をかいたのにはっとして目を覚ます。
「夢?」
──なんという夢を。
息苦しく感じて襟元をくつろげようとして、首筋に触れた自分の手にさえびくついた。
なにも思わなかったことにして手を離そうとしたが、思い切ってそこに触れた。
知ってしまった後だけに幻想の中の父の感触は生々しく、真に迫って五感に訴えかけてきた。
それでいて、自分の都合のよいように現実とは違っていた。
関平は夢を反芻し、さらに昨日の父の手管も思い出しながら、首筋から鎖骨をなぞって胸へ手をたどらせる。
合わせを乱しながら手を南下させ、行きあたった帯をもどかしく引きほどいてついには股間に手を伸ばす。
「ち…ちうえ」
これは父上の手だと自分に言い聞かせて揉みしだいた。
逡巡は始めのうちだけだった。関平はうっとり目を閉じて快楽に身を任せた。
「ああ。はあ、はあ、あァ」
昨日の父は優しいものではなかった。
それを曲げて、父はこんな風に自分を抱いたのだと思い込もうとした。
優しく抱いてくる腕を思った。自分を気づかって丹念に高める指使いを。
手の平で包み込んでゆっくりと。時折先端を突いて、次第に早く。
「父上…、そこが、ああ……」
もはや考え続けられなくなり、だだ夢中でそこをしごきだした。
「く…、う」
強く握り込み、歯を食いしばる。
「あ、ああ…っ!」
激情がやんだあとは誰でも冷静になる。もっと言えば空しくなるものだ。
関平は白くぬれた手を顔の上にかざした。しずくが頬にたれたが構わずその自分がしでかした行状の末路を見つめる。
──愚かな。
次の一滴がちょうど唇に落ちたので、関平は舌を出してそれをなめた。
──もう、どんなまねでもできる。
そう思って、ついには汚れた指をくわえてねぶった。
人が自分に見る誠実な印象を過ぎたものに思いながらも、そうありたいとも思ってきた。
しかし、隠しておきたかったことは父がすべて暴いた。
──私は自分の父親を愛し、父に抱かれる夢を見て、あまつさえ、父を思って自分を慰めた。
知っていたのだ父は。なにもかも。
口では犠牲じみたことを言いながら報われたいとを望んでいる自分を。
父が応えないのを見越して心を告げながら、それでいて一人の男としての父を思い、心の底では父が自分を抱くその腕を待っていたのを。
知っていた。
だからこそ自分を抱いた。
──あの人を父と呼ぶ資格など、私にはないのだ。
羞恥と自己嫌悪で胸が悪くなる。
青臭い匂いが鼻を突くが関平は指をなめ続けた。
自分がどれだけ浅ましいまねをしているのか。肉体的にも、精神的にも。それをもの分かりの悪い自分によく分からせてやりたかった。
それでどうかしてあきらめがつくものならなんでもしたかったが、それでもどうにもならないのだった。
白い液に赤い筋が混じるまで、関平は自分の指をかんだ。
朝、関平の無事な方の腕の人差し指に包帯を見て関羽は不審に思った。
「それはどういたした」
「なんでもございませぬ」
さりげなく、関羽の視線からかばうように手を後ろ手に回した。
「なぜ隠す」
「本当に、大した傷ではないのです」
「傷が大したことないのであらば、隠したいのはそのわけの方か」
さすがに父の洞察力は並ではない。
手当てするほどの傷ではなかったのだが、はっきりと歯型が残ってしまったので人目にさらせなかった。
関羽が手を取って包帯を解くのを関平はあきらめてなすがままにさせた。
歯並びのままに赤黒く血が乾いているのを二人はしばし無言で眺めた。
「誰にかませた」
"誰に抱かせた"──双方の耳にそう聞こえた。
「私がかみました」
「いつわりを申すな。どこのどいつだ」
「まことです。父上を思って、自分でかみました」
こんなにも父だけを思って苦しんでいる自分の不貞を疑う無神経に関平は破れかぶれになった。挑みかかるように父を見上げる。
「あなたを愛していると申し上げているのです。お聞こえになりませぬのか。私を問い詰め、追い詰めておいて、ご自分はお答にならないのですか!」
関羽はただ取ったままだった手を放した。
父は答えない。答えに困窮している様子ではない。いつでも父は答えない。
苦しむのも思い悩むのも自分一人で、自分が父の視界に入るのはせいぜい深酒で正気を失った時ぐらいだ。
むしりとるように包帯を奪い返して関平はその場を後にした。
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