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 配下の将校に出陣の支度を申し付けると、関羽は自室に酒を用意させた。
 戦を前にして宴会で精をつけるのは珍しくないが、そういう飲み方ではない。
 無闇に杯をあおる。
 誓約まで立てて華容に向かうことになりはしたものの、その場がくれば果たして曹操を切れるのか、実際関羽自身にも確信はなかった。

 一人そばについていた関平は、もはや父が自分のことで悩んでいる場合ではなくなったのを見て、それを口惜しく思う性根に嫌気がさしながら酒につき合っていた。
「平お前、いくつになった」
「二十六にございます」
「うむ」
 関羽は酒が深くなると関平を隣に座らせ、膝が触れるほど近づけて、いつも歳を聞いた。
 それが関羽の精一杯の親らしい態度と知っているから、関平も尋ねられるたび倦まず答えた。
 しかし酒量は底なしの関羽が泥酔するのは珍しかった。しかも、一休みしたら出陣しなければならない時だというのに。
 それに、今はさすがに父のこんな態度を平静には受け止められない。動悸がするのを父が気づきはしまないかと関平は息を詰め、話をそらせた。
「父上、あまり酒を過ごされませぬよう」
「うるさい。お前は黙ってじっとしておれ」
「ですが、」
「くどい。そうだ、お前傷はどうなった。見せてみよ」
 まだ念のため巻かれている包帯をほどくとふさがったばかりの傷の深い赤を眺めた。
「大したことはないな。ほどなく直ろう。動かせるのか」
「はい。もはやなんの支障もございませぬ」
 指を折ったり開いたりしてみせる。
「そうか」
 父が安堵して言うのを、どことなく信じられなかった。
──本当によかったと思って下さるのですか。厄介者の息子を離縁する口実がなくなって残念に思われているのではないですか。
 そう思ってしまってから、関平は自分の心根の貧しさに愕然とした。
 父を愛すれば愛するだけ、自分はろくでもない人間になっていくようだ。
──なぜ私は恋などした。
 恋など苦しくて醜いだけだというのに。
──しかも、自分の父に。
 うつむいて関平が一人考え込んでいると、父の引き寄せる腕が強くなる。
「父上、なにを…?」
「よいではないか。相手をせよ」
 父が熱のこもった目で見つめてくるのに、関平は恐ろしくなった。
 なぜ恐れを抱いたか、そのときとっさには分からなかった。
「おやめ下され父上」
 ただ恐れから、そう言って関羽を押しとどめようとはした。
「逆らうな平。逆らってくれるな」
「ご冗談は…! 父上、どうかここまでに」
 しかし父の手が頬をなで、父が顔を寄せると、もう抵抗の言葉は出てこなかった。
 唇の先が今にも触れるという時に、関平は一瞬正気づいてさえぎろうとした。しかし一足先に触れてきた吐息が理性をねじ伏せてしまった。
 父が自分を味わうように、色々に角度を変えて求めてくる口付けに酔う。そんな自分を後に関平は責めたが、そうする権利など誰にあったろう。
 父の温かみが、愛した人の匂いが、逆らう気持ちを、考える心ををなえさせるのだった。
──もう、とめられぬ。
 絶望的にそう感じ、肩を押す手を引き寄せることに変えた。
 父の背を抱き込んで体をすり合わせる。
「ああ」
──今だけ。今一時だけです。
 誰に言い訳するのか、関平は心の中でそう繰り返した。

 夢にまで見た交歓。いや、これが交歓などであろうか。
 ただ目先の気晴らしをしたい父と、一度なりとも父に抱かれたい自分と、向いている先ははるかに隔たっていて、ただ利害が合致しただけだ。
 その発見は大いに関平を傷つけたが、一方で父に積極的に寄り添ういいわけを与えた。
 単なる等価な取引ならば引け目に思うことはない。十分に楽しんで、そして忘れればいいではないかと。
──忘れられるはずがない。
 もう一人の自分が冷静に言うのを、関平は無視した。

 睦み合っている間はそれこそ夢中だった。
 父の手の平が触れたところが熱く、手を離した後までも淡いしびれが残った。
 しびれはだんだんと広がって、体中にしみた。
「父上、父上」
 心が思うことも体が感じることも、すべてそれは漠然と父だった。
 関平は父にひたった。
 夢のようだ。いやこれは夢だ。明日になれば忘れなければならないのだから。
 しかし前戯はそこそこにして現実の父が割り込んできた。
「う、うっ!」
 痛い。いや苦しい。息が詰まる。体に杭を打たれたようだ。
 それでも関平はこの時がいつまでも終わらないことを願った。もう二度とありえないこの時が、少しでも長く続けばよいと願った。
 しかし関平の考えなど知る由もなく、父のやり方に思いやりはない。先を急いで無遠慮に腰を使ってくる。
「あああ…ッ」
 体を開かれる痛みに思わず父を押しやった手をつかみ返されて床に押し付けられる。
 慌てて関平は振りほどこうとしたが、体重をかけられて思うようにならない。
「父、父上。あ、う…。手、手を、お離し下され。もう、あらがいませぬ」
 せめて、一方的に奪われるのではなく求め合う形を取りたいものだ。形の上だけでも。
 関羽が動くのに合わせて関平も体をゆすった。自由になった手で父を引き寄せ口付けを求める。舌を差し入れて父の舌を吸った。
「ん、ん…」
 父は受け取るだけで応えようとはしない。
 関平は自分のしていることの空しさを痛感したが、くじけず父の首筋に腕を回しもっと深く求めた。
 次第に意識がもうろうとしてくる。父が応え始めたことにも関平は気付かなかった。
 唾液が口からこぼれて首筋までぬらしても、まだやめない。
 のめり込むように、父が終わるまで積極的に父に溺れた。

 ことが済むと、酔って眠ってしまった関羽が目覚めないうちに関平は衣服を直し包帯を巻き直して居室を離れた。
 父が目を覚まして、なんと言うか聞きたくなかった。
 ただ戯れだと答えられれば耐えられない。
 しかしもしも愛しているから抱いたのだと言われれば、この先自分を律する自信がなかった。
 父に求められて恐ろしくなったのは、父が怖かったのではない。
 自分の卑怯にあの時気づいた。それが恐ろしかった。
 今にして思えば、関羽が応えるわけがないと分かっていたからこそ関平は気持ちを告げたのだ。
 そして、誠意を込めて心を明かした自分を黙殺する父は冷たいと、後始末の責任を押し付けて安穏としていた。
 父が応えたならどうしたらいい。
 自分たちはこの先一体どうしたらいい。
──なんなのだろう、私の愛は。
 報われる未来を望むことすらならない恋など、しなければいいのに。
「く…」
 口元をおおった手の平から嗚咽がもれる。
「父上、平は愚か者です」
 泣いてあきらめがつくものなら、誰も恋に傷ついたりしないのだろうに。
 それでも、幸福であるかと今人に問われれば、応としか答えようはない。
 なにもかも一時の気まぐれだというのに、抱き締められて気が遠くなりそうだった。
 父が自分にのしかかった重みがまだ抜けない。
 父の心に誠実がなかろうとも、弁明のしようもなく幸福だった。父を得て。
「どうしようもない愚か者です」

 出陣のため次に顔を合わせると、父が思うところある目で見るので関平は思わず視線をそらした。
 そして後悔した。
 父はあの時したたかに酔っていた。自分がなにげない様子でいれば、酒が見せた悪趣味な夢と片付けたろう。
 そうでなくとも、自分はなんとも思っていないと、そうした意思表示になったろうに。
『私は忘れられませぬ』
 わざわざそう告げたようなものだ。
 それでいて、関羽は息子になんのとりなしもしようとはしなかった。


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