|
夏口の城に落ち着いて、関平は久しぶりに風呂に入って髪を洗った。
服はなんとか独力で着たが、髪が結えない。
──これでは人前に出られぬ。
結い紐を持ったままの片手で髪を束ねるところまではいっても、そうして支えたまま残りの指だけで紐を結ぶのは至難の業だ。
「入るぞ、平」
前触れもなく父が現われたので苦心しているところを見られてしまった。
「貸してみよ」
関平は始め遠慮したが、結い紐とくしを差し出した。どんな状況でも好きな相手に親切にされるのに悪い気分はしない。
「お前にも世話をする者はつけてあろう。誰でも呼び付けてやらせればよいものを」
「これしきのことで人の手を煩わすことはございませぬ」
その答えに関羽は小さく嘆息した。失望したのだ。
──平は指揮官には向いていないのかも知れぬ。
自分が重要な存在だと自覚して、他人を手足として使うようにならねば。時には切り捨てることもしなければ。
瑣末なことに割く時間は上に立つ者にはないのだ。
命の瀬戸際で、心優しさなど美徳ではない。
関羽は関平の性分がずっと不満だった。
──これがよい機会なのか。
関羽は目を閉じた。
これでも関羽は息子を愛していた。
世の当たり前の親のように、その至らない部分までも息子がかわいかった。
だからこそ口を開いた。
「もし腕が元のように治らなければ、お前は郷里へ帰れ」
「父上」
「使えぬ息子は父には不要だ。その時は縁を切る」
「平には父上のところより他に居場所などございませぬ。おそばに置いて下さい。どうか!」
「黙れ! 盾突く気か」
「たとえ片腕がきかずとも、父上の盾になるに不足はございませぬ」
強い声で押さえつけてもひるまず見返してくる。
関平がこんな風に強硬に出るのを関羽は初めて見た。
そしてこの間と同じように、なにも言わずその場を後にした。
心配をよそに関平の腕は傷がふさがると共に機能も戻ったが、人の心というものは時が癒しても元の通りには戻らないのだった。
|
|