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──今にして思えば、無鉄砲であった。若かったのだ。
 関平は時折そんな風に考える。
 この上もない人を父と呼べて、自分としてはこんな幸福なことはない。しかし。
──私のような者が父上の息子の座に収まってしまって、なんと身の程知らずなことか。
 そんな風に自分をおとしめて言えば、なにより父に対して失礼にあたると知っている。しかしできる限り客観的に判断しようと努めても、当時まだなんの力もない書生だった自分に、ほんの数日共に過ごしただけで我が子たるにふさわしいと父が見込むようななにかがあったとは到底思えない。
 そんな話を一度だけ、父もいい気分はしないだろうとは思ったのだがどうしても胸に秘めておけずにしたことがあった。
 父は答えなかった。
 あのころまだ関平は父に対して思ったままを口にできなかった。
 尊敬と崇拝と、そして、白状して言えば、大いなる恐れがあった。
 父が自分のどこを認めてくれたのか見当もつかず、降ってわいたような幸運はいつまた脈絡もなく消えうせるとも知れないと思えば、父の気に障らぬよう、毒にも薬にもならない大人しい息子でいることしかできなかった。
 そんな関平は父に答えを強いることはできず、話はそれ切りになってしまった。
 長らくそのことを惜しいと思ってきたが、今では言葉にして答えが欲しいとは思わない。

 関家荘を出た一行は、張飛の守っていた古城に立ち寄った後、汝南に落ち着いた。
 仮住まいとはいえ居場所を得て、ようやく長旅の疲れをいやすことができた。
 関平は慣れない人に立ち混じりながらまめまめしくよく働き、周囲の評判もよく、胸をなで下ろしているころだった。
 そんなある晩、関平は床に横になって右へ左へ落ち着きなく寝返りを打っていた。
 まだ宵の口である。眠ろうとしているのではない。考えごとをしている。
 昼間、彼は父について散歩をしていた。
「お前が父のところへきていかほどになる」
「じきひと月になります、父上」
 この人を父と呼ぶにはいまだ照れがあり、力が入ってしまう。
 口をきくたび緊張するが、父を慕う心は日増しに強まるばかりだ。
 まぶしくなったこもれ日の中をそぞろ歩きし、いかにもよい雰囲気だった。
「ふむ、季節も移るか」
 そしておもむろに父が言ったのだった。
「今夜、父の部屋へこい」

 嫌で悩んでいるわけではない。
 父についてくる時点でこの展開を考えなかったと言えば嘘になる。
 親子の名乗りを交わしたあの晩、父の胸に引き寄せられ、たくましい厚い胸板に思わず恍惚とした。
 以来、そばに侍していても折に触れてその感触を反芻して一人赤面してしまう。
 もっと言えば、出会った当初から互いにそういう雰囲気はあった。
 矛の握りを習うのに手が触れて、思わず動悸を覚えたりもした。
 そんな具合だから、いつかこういう日もこようかとは頭の隅で漠然と考えてはいたのだが。
 しかし実際その時がきてみると、自分は一体なにをどうしたらいいのだろうか。
 正直なところ、父と深い仲になりたい気持ちはある。
 とは言え、あの力強い腕に抱きしめられたらどんなだろうかというふわふわした願望があるだけで、具体的に思い浮かべることができない。
──まず、服を脱ぐ。
 関平は予行練習を始めた。
──ふむ。そして共に布団に入る。
 そしてその後が問題だ。知識としては知っているが、どうにも現実味がない。
──どうにも、照れくさいものだな。
 なにをやっているのだろう。
 自分でも馬鹿らしくなり関平は起き出して服を着た。
 田舎の父に持たされた陰道の書も開いてみるが、なにを言わんとしているのか理解できず早々に放り出してしまう。
──まあよい。
 そう関平は考えた。というよりは、理論派でない彼は考えるのが面倒になり、結論を投げた。
──私が初心者であることは取りつくろいようもないし、別に手練を装いたいわけでもない。父上にお任せしよう。うまく取り計らって下さるに違いない。
 城門の鐘が二更を打ったので、なんにしろ思い切りが悪いのはよくなかろうと勢いをつけて立ち上がり、とりあえず沐浴だけは済ませると、徒手空拳のまったくの無策で、根拠のない自信だけを連れて参上することにした。
──世の中の誰もがやっていることだ。大したことではないに違いない。

「参ったのか」
 押さえた明かりの中で、父は夜の霊気をかもし出していつもよりなお近寄りがたく見えた。父という大型の猛禽の前では、自分など生まれたての兎のようなものだ。じたばたしたって、畢竟大人しく取って食われるしかない。
 手招きされて、関平は寝台の隅に小さくなって腰掛けた。
 固めたはずの覚悟が急激にしぼんだようで関平は小さく吐息した。
「ふう」
「そう緊張いたすな」
「うわっ!」
 枕に肘をついて遠くにいたはずの父の声が間近にして関平は飛び上がりそうになった。ため息をついているそのわずかな隙に父はもうそこまで進攻してきていたのだ。
「あ、あの、その」
 少し距離を置こうとする関平だが、抵抗とまではいかなくとも最初は尻込みされることは予測済みの関羽はすでに腰骨あたりをしっかり抱いて確保の体勢に入っていた。
 抱いた体が温かくしめって風呂上りの匂いがするので、無知なりに色々考えたらしい息子の胸の内をほほえましく思った。
 自分からやってきて今さら嫌だと言うのもおかしかろうし、そもそも、嫌なのではない。ただもう少し、ほんの少し心の準備をする時間が欲しいと関平がもじもじしていると、関羽は息子のあごの線の下あたりにすくうように顔を埋め、ゆっくり愛撫を始めた。
「あ、父上」
 まずはしばし話などしたりするものだろうと思っていた関平はたまげたが、関羽にしてみればこれでも抑え気味にしているのだ。時間はいくらでもある。じっくり教育するつもりだ。
 頬や首筋をついばんでやりながら帯を引きほどく。関羽が最近買い与えてやった着物を選んで着てくるあたりかわいげのある奴だと、音を立てて口づけた。
 余裕の関羽とは対照的に、関平は今にも魂が抜け出てしまいそうなほど動揺していた。

 口を吸われるとなにやら切ない気分になる。
 最初は、父が求めるのなら異論はないとその程度のつもりだったが、父の愛撫を受けていると体が熱くなり朦朧として、知らぬ間に父にすがっていた。そして心を父に明け渡したように、この体も父に捧げつくしたいという痛烈な願望がわきあがってきた。
 関羽の方でも彼の心を分かっていたようで、始めの心境も、そして変化した今の心持ちも承知しているらしく、そのあたりから手管を変えてきた。
 息子が熱っぽい目で自分を見るようになったのを認めて、こちらから与えるだけでなく応えさせた。
 父の手がくり返し肌をなで、あるいは唇で肌をたどり、その唇は時に関平の口をふさいだ。
「ん…」
 全身をまんべんなくなでさすってやっていると、羞恥に口を引き結んでいた関平も次第に声を上げるようになった。
 刺激の強い箇所はわざと避け、声をかけて我に返らせないよう、無言で進める関羽。
 口づけが深くて息が自由にならないせいで意識が定まらなくなってきた関平は、いつの間にか遠慮も忘れて父の背にすがりついた。
「はあ」
 そろそろ次の段階に進んでいいころだ。
 関羽は一旦手を休めて関平を横抱きにすると、口づけの応え方を教え込み始めた。
 先ほど、初めて舌を入れられた時は驚いて危うく父のそれをかみそうになった関平だが、慣れてくると気持ちのいいものだとはもう理解している。
 口づけなど、唇をあわせるだけのものと思っていたが、舌が触れあうとみぞおちのあたりが締めつけられたようになり、反して体中の力は抜けてしまうのだった。
 今、改めて父の舌がゆっくり入り込んできて自分の舌をからめ取るので、関平は自分の方からも父の舌を吸った。
「ん、」
 関平が没頭しているうちに、関羽は手を南下させて大事なところをつかんだ。
「うっ!」
 関平は一瞬体を硬くしたが、父の手がそこを逆手に握って根元から先へ巧みにこするので、抵抗も弱ってしまう。
「う、うう」
「自分でしたことはあるか」
「あの、…はい」
 父が自分の経験を問診しているものと正直に答えてしまった後、急に恥ずかしくなって慌てて関平は釈明した。
「淫蕩者だなどと、どうかお考えにならないで下され」
「そう思いはせぬが、だがもし思ったからといってどうだという。父はそれでも構わん。父にお前をありのまま見せてみよ。お前はもう、父の物だろうが」
 関羽の言うことは無茶で乱暴だったが、関平は感動して心を開いた。
「気持ちがよければそう言え。お前のよいようにしてやる。これは互いによい思いをしなければ面白くないのだ」
「はい」
「父を思ってしたことはあるか」
「あ、その、」
 関平は真っ赤になってさすがに口ごもったが、素直に答えた。
 父は自由に自分の体を眺め渡せるように、心の中も自在に見えるに違いない。嘘などついてもせんないことだ。
「…。ございます」
「お前は素直が取り柄よな。これからはいつも父を思え。目を閉じても、これが父の手だと忘れるな」
「はい。父上の手は、思いの他大きゅうございますね」

 じきに埒を明けた関平が放心していると、関羽が手荒く帯を解いてもろ肌を脱いだ。
 その隆々とした体に組み伏せられることを思って関平は恥らう。
「どうした」
「い、いえ」
「おかしな奴だ」
 息子の考えていることなどおよそ見通している関羽は笑う。
 どうにかこの羞恥を払おうと関平は体を起こした。
「自分ばかりよい思いをするのは気が引けます。私にもさせて下さい」
「ふん、面白いことを言う。やってみるか?」
 片頬だけ上げて笑った関羽は着物を脱ぎ去ると、堂々とあぐらを組んだ。
 関平は膝を進めると、恐る恐るそれを手に取った。
 両手で支えてもみしだくのだが、どうも勝手がつかめない。あまり力を込めてもまずかろうし、加減が難しい。
「人にするのは、なかなか骨ですね」
 しかし、申し訳なさそうに言うその様子だけで、関羽の征服欲をそそるには十分だ。
「どうしたらよいのか教えて下さいませ」
「追々教えてやろう。今はお前の思う通りしてみよ」
「はい」
 どうにかうまくし遂げようと四苦八苦するのを関羽は興味深く眺めた。
 伏せたまつげ。うつむいた首から肩の線。乱れかけた髪がそこに落ちかかるのが、汗ばんだ肌にからんだ。
 劣情を持ってそれらを観察するうちに、関羽のものはみるみる力を持った。
「あ」
 その猛々しさにおののいて思わず手を離す。
「もうそこまででよい」
 関平はなにやら急に恐ろしくなった。

 油壺から手の平に油をたっぷり取り、人差し指から中指、薬指にと関羽はたんねんになじませた。
 そして横になると、背中から、関羽は息子を抱いた。
 素肌が触れ合うなまめかしい感触に関平は体を緊張させて生唾を飲んだ。
「お前が心配しておるようなことは、まだせぬ。まだな」
 そう言ってやんわりと、しかし有無を許さない強い力で関平を押さえ込んで、うなじから唇でたどり始めた、
 関平は怯えて息が詰まりそうだった。
 煮るなり焼くなり、父の好きなようにしてもらおうと腹を決めてきたつもりなのに心細くてたまらない。怖いのだ。
 自分はどうされるのか。どうなってしまうのか。
 それは父の胸先三寸で決まる。
 父について行くと決めた時、その時既に父に一蓮托生と度胸をすえたはずであり、それはこの上なく頼もしく心弾むことであったはずなのに、なぜこうも、息が詰まりそうなほど怖いのだろう。
「ひっ」
 ついに父の指が入り込んできて関平は思わず体をすくませるが、努めて体の力を抜いた。
 大して痛いわけではない。むしろ痛いのならただ我慢すればいいのだ。
 圧迫感と異物感。それに耐えていると、次第に体の芯をくすぐるような、えもいわれない感覚がわいてくる。
 自分が変な顔をしているのではないかと、関平は手で顔を覆った。
「隠すなと言うに。父に見せて恥ずかしいことなどなにもない」
 そう言われても、はいそうですかとも思えるものでもない。
 じきに香油が関平の体温で暖められて匂いが部屋中に広まった。
 父がいつもつけている香油の匂い。父の匂いだ。
 この香が苦もなく部屋を満たしたように、自分も容易に父に支配されてしまうのだ。
 恐怖と陶酔。そして濃厚な愛撫に関平は正体をなくした。次に明確な意識を持って目を開くとあお向けた自分におおいかぶさるように父が見下ろしていた。
 もうなにも考えていない関平は降りてきた父の口づけを素直に受ける。舌先を触れさせるだけに深過ぎない口づけはどうにか関平の許容範囲だった。
 背と敷布の間に差し入れられた手が下り、腰にたどり着いた手は更に南下して尻をつかむとその間に入り込んだ。
「あっ」
 自分ではもう十分準備ができたと思うのだが、父の手がさらに肌を温めるのによって、まだまだ体が開く余地があるようだ。
 そしてついには父が開いたそこに、父自らが入ってくるのだろう。
 こうして自分はなにもかも父に明け渡してしまう。
 親兄弟にも見せないような自分の一番奥まで父に侵略を許してしまう。
 こうして生殺しの目にいつまでもさらされているより、一思いにそうされてしまいたかった。
「父上、どうかじらさないで下され」
「ふん、この先どうなるか知らぬくせにねだるか」
 相手が乗り気になるとはぐらかしたくなる天邪鬼な関羽だ。
「そうせくな。急いではうまくできるものもそういかんのだ。すべて父がいいようにしてやる。この父がなんでも教えてやる」
「すべてお任せいたします。父上のお言葉に従います」
「くり返す内に変わってくるが、最初のうちは痛いだけだぞ」
「心得てございます。どんなことでも我慢できます父上」
「毎晩ひと月もすればよくなる。今日の所は早めに済ますよう努力するが、まあ、我慢するのだな」

 関羽は伸し掛かって脚を開かせると、じっくり体を進めた。
「うっ、くっ」
 言いつけに従って我慢しているのを見、従順なことよと関羽は興を深めた。
 関平にしてみれば、腹をすえて覚悟を決めたほどには痛くはなかった。動かれるとすれて痛むが耐えられないほどではないし、じっとしている分にはただ圧迫感だけがあるだけで辛いことはない。
 体を倒されると痛いが、そうされて嬉しくないわけはない。
 率直にそう告げると、優しく唇を触れさせてきた。
 ただ、説明が難しいが、おかしな感覚があって、ほんの少し父が身じろぎしただけでも押さえられず声を上げてしまう。それに、圧迫感のせいなのかそうでないのか、無性に息が切れてしかたがない。
 なにか頼るものが欲しくて父の背にしゃにむにすがりついていた。
「なかなかかわいげのあるまねをするものだ。しかしあまりしがみつくなよ。悪くはないが、動きづらくてかなわん」
 腕をやんわり外させ、二の腕あたりをつかませた。
「は、はい。申し訳ございませぬ」
「そう恐縮するな。よいか、お前と父とはもはや床を共にする仲になったのだ。なにも遠慮はいらぬのだ」
「は…い」
 今の状況では言葉の半分も理解できていないだろうが、責め苦に耐えながら関平はうなずいた。
 ついばむようだった口づけが次第に深くむさぼるものに変わる。
 さすがに辛くなってきた関平がみじろぎすると、関羽も動きやすいよう上体を起こして大きく腰を使い始めた。
「んっ」
「こらえるな。声を上げれば少しは楽になる」
 そして動きの幅を大きくしながら、苦痛を紛らわせてやろうと前を握る。
「あ…っ、んっ、んん……っ」
 心底慕う人にそうされて、関平は酩酊に酔った。
 びくんと体を震わせた関平の頬に、快楽による上気が控えめながらも明らかに見えて、関羽は満足していよいよ大きく動いた。
「あっ! あああっ!」
 腰を抱え上げて角度をならして苦痛を減らしてやり、深くそこに突き入れる。
「はあ、はあ」
 きつく閉じた目のまつげが震えるのがなかなかよかった。

 関羽の動きが激しくなり、腕にも力がこもってきた。そして腰が強く押しつけられて止まった。
──お、終わったのか?
 父が出て行くとぬれた感触があった。
 ちゃんと父の相手が務まったことが分かって大きな安堵のため息をつく。
 隣に横たわった父にしがみついた。もう自分にはそうしていい権利があるのだ。
「初めてにすれば上出来だ。筋がよい。じきうまくなる」
 ほめられたことが無性に嬉しい。
──努力いたします父上。父上のお役に立ちたいです。

 ねぎらいと後始末を兼ねて、体をそわせながら前をかわいがってやる。最中も前をあおってやってはいたのだが、さすがに行き着けなかったようだ。
「ああ。う…ん」
 疲れと安心で力が抜け切っている関平は素直にその愛撫を受け入れ、もう声を殺すこともせず、あおられるまま高ぶった。
 そうしてやりながら関羽は抜け目なく後ろに指を差し入れ、体を慣らした。
 先ほどまでもっとかさのあるものを受け入れていたそこは、ぬれているせいもあって今さら指程度では痛まず、その刺激はむしろ快楽を増すようだった。
 痛みの余韻、そしてそこに快楽が混じり、複雑に困らされている顔は関羽の情欲をあおる。関平は父のものがまたたぎっているのに気づいて引き寄せた。
「平気ですから、入れて下さい」
 せかず気長に教育するつもりだったが、そうまで言われて据え膳を取らないほど男気のない関羽ではなく、再び体をつないだ。
「あ、う…!」
 関平はうなった。
 自分でも、気持ちがいいのか悪いのか、もはやよくわからなくなってきた。
「う…ん」
 ところが、
「あ、ああッ!」
父のものが、どこかある一ヶ所をこすった途端、指先まで稲妻のように刺激が走った。
「あ…、なんなのですか…?」
「見つかったようだな」
 そして意図的にそこばかりを攻め立て出した。
「はっ、ああ、あ! 父…上、そこは…、そこはおやめ下され。どうか」
「こつさえつかめば誰でもこうなる。お前も体が覚えれば毎回こうなるようになる。恥ずかしがることはない。よいところは申せと言ったろう」
 そしてまた続ける。
「うっ」
「ここがいいのだろう」
「は、はい。気持ちが…いいです、父上」
 なんとかそう答えはしたものの、自分の体の思いもよらない反応に驚き、そして衝撃的な快楽に翻弄される関平が覚えているのはそこまでだった。

 関平は夢を見てうとうとしていた。
 漠然とした夢だったが、どうも困ったことが起きたらしい落ち着かない夢だった。
 そして半覚半睡のぼんやりした思考の中で、自分の身に起きたことを思い出した。
 あまり目覚めたくない気分でしぶしぶ関平が目を開けると、果たして父の腕の中に自分はいるのだった。
「わあっ!」
 跳び起きて、しかしあらぬ所が痛んで関平は身じろぎした。なんだか股関節もおかしい。
「いっ、いたた」
「馬鹿者、痛いのは当たり前だ。明日は大人しくしておるのだな。傷になってはないからとく回復しよう」
「ごっ、ご覧になったのですか」
 今さらと言えば今さらだが、あせって関平は布団を引き寄せて体を隠した。
「ちゃんと始末せねば腹をこわすぞ。大体、今になって隠してどうなる。もうなにもかも父に見せたろうが」
 思い返してみれば本当に、心の中も体の中も、この人には知られてしまった。
 なに一つ残さずこの人に捧げてしまったのだ。自分にはもうなにもない。この人が自分のすべてだ。
 関平は途方に暮れた気分になった。
 そしてそう思うと、無性にこみ上げるものがあって視界がぬれた。
 体が辛いのでも心が痛むのでもなかったが、胸にせまってこらえられない。
 情けない男と父に思われたくなくて顔を背けて体を起こした。
「申し訳ございませぬ、もう、休みます」
「今夜はここで休めばよい。そう気を張るな」
 関羽は優しく、あくまで優しく、胸元に収めるように関平を引き寄せてやった。
「私はお前の父だ。なにを父に気兼ねすることがある」
 その言葉に堰が切れてしまい、父にすがって泣いた記憶がある。
 自分はこの人に生涯ついていくのだと、そう思うと胸が詰まってどうしようもなかった。



──あのことがあるから、今でもどこかしら頭が上がらないのだ。
 関平は憮然として物思いから立ち戻った。
 気持ちに変わりがあるわけではないが、今にして思えば若かった。
 まだ成人もしない時分だ。急に親元を離れて見知らぬ人に囲まれ、新しい父の他に頼る者もなくなったところへきてあんな目にあわされれば涙の一粒も出ようというものだ。
 事後に妙に優しい言葉をかけてきたのだって、泣かせて弱みをつかもうという腹だったに違いない。
──純真な少年であった私に対して、なんたる陰険な父よ。
 お陰でその後十年余りも父に対して気後れが取れず、首根っこを押さえられたように忍従してきた。
 うまうまと乗せられたとしか思えない。

 このことについても機を見て父を責めたのだが、こたえた様子はなかった。
「だまされたようなものではないですか。それに、初心者相手に初めから二回もなさいましたね」
「分からん奴だな。お前が構わんと言ったのではないか。いつ父が無理強いした。父は常にお前のためを思い、お前の意思を尊重しているであろうが」
「そ、それは、そうですが」
 言われてみれば理屈はその通りなのだが、どうも心情的に納得行かない。
 どうしていつもいつも言いくるめられてしまうのだろう。
 言い分があるのはいつだって明らかに自分の方なのに、勝者は常に父だ。
 父が有利になるようになるようにと、天の風向きがそう向いているのだ。
「まつりごとをするには口のうまさも重要だぞ。お前のように馬鹿正直なのはどうかせねばなるまいな」
 かえってそんな風に説教じみたことを言われて、一層不快だ。

 人間関係の有利不利は始めの段階でおおよそが決するとか言うが、彼と父とのそれはあまりに決定的だ。
──この不利は今生のうちにくつがえすことはできそうもない。いや、ばんたび生まれ変わっても私が父上を負かすことなどできないのだ。きっとそうなのだ。
 先手必勝。始めから負けを刷り込まれている彼が勝利の暁を見ることは、今後ともおよそありそうもない。


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