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明日にはもう出陣を控えた初秋のある日。
陣立てに組み込まれた将兵は公休を与えられ、最後の穏やかな日を満喫している。
関平はと言えば、することと言って思いつかず、自室の整頓などして時間を潰していた。
出陣を前にして身辺整理するなどと忌み嫌う者もあるが、彼にとってみれば、父とともに出る戦、恐るるに足らず。縁起にとらわれるまでもなく、単にしばらく留守にする家をきちんとしておきたかっただけだ。
──と、意気がりたいところだが。
実際には違っていた。
手をとめて、関平はふっとため息をついた。
彼は胸騒ぎがしてならないのだ。
なにが不安なのか、自分でもよく分からない。
戦争が怖いのか。それは、どうも違う。
しかし、胸の奥がざわざわして、どうにも嫌な気分に沈んでならない。
なにかして気を紛らわさなければ居られない、そんな心持ちだった。
しかし普段から几帳面に暮らしている彼のこと、掃除も長くは間が持たず、ついでに父の部屋を片すこととした。
ところが、箪笥や行李を開けてみて分かったのだが、父の私物というものは恐ろしく少なかった。着物の他は、書がいくつか。それだけだ。
若いころ罪人として郷里を追われ、その後旗揚げしてからも不遇に敗れては土地を失い敗走といった生活を繰り返してきた父。そして伯叔父たち。
落ち着いて豊かに過ごすなど、長いことかなわなかったのだ。
──それはどんなにか、厳しい年月だっただろう。
そう考えて、関平は、出会う以前の父がどのような生活をしていたのかろくろく知らないことに気がついた。
父は武功を誇りはしても苦労話を人に聞かせるような性格ではないから、思えば、自分は父のことをよく知りはしない。
それどころか、普段聞かせる憎まれ口も時に見せる優しさも、どれがどこまで本当か分かっていると言えるだろうか、
ただ確実なことと言えば、父がその高名に相応しい天下無双の武人であることと、その父を自分が心底敬愛していることばかり。
上っ面と、己のことばかりではないか。
──父上が心を隠そうとし、偽ろうとなさったならば、私にはきっと分かりはしない。
「なにをしておる」
思考に深く沈んでいるところに不意に声をかけられ、どきりとして彼はさっと戸口を振り返った。
父がにやにやとして立っている。
「あっ、その、手持ち無沙汰でして、片付けでもと。いえもう、済みました」
思わずもじもじとしてしまう関平だが、父は構わずどっかり座った。
「ふん、まあいい。今日は好きに過ごせ」
人の隙を見て茶々を入れないなど、やはり父はおかしい。どこかよそよそしいのだ。
そう先日、人選の発表があった日からだ。いや、その前の晩から父はおかしかった。
この胸騒ぎはそれからだ。
向かいに腰をおろして会話のきっかけをつかもうとするが、父の鉄面皮を崩す自信はない。
──やはり、私の出陣のことだろうか。
軍師たちがいさめて言うのを聞くまでもなく、どう考えても、自分が残ってこの地を守った方がいい。
なにかしらの理由があるはずだが、父は黙して語らない。
しかし、武に厳しい父が、自分の望みをかなえて手心を加えてくれたとも思いがたいのだが。
父はなにか隠しているが、それがなんなのか自分には分からない。
ただ漠然とした悪寒があるだけなのだ。
──しかしそれでも、
決然と、彼は思った。
──たとえこの選択が悪い結末を呼ぶものだとしても、父上と離れて万年幸福に暮らすより、わずかでもおそばにいられる方がよい。
彼は父のそばに居ざり寄って袖を引いた。
「父上」
その肩口に片頬をうずめる。
「ふん、まだ日が高いぞ」
「構わないではありませんか。今日私たちがくつろいで過ごすのを邪魔しようという者もありますまい」
そう言いながら手はもう父の着物の中に忍ばせていた。
父の熱さに焼かれて不安など忘れてしまいたかった。
たくましい胸筋、引き締まった腹筋。形を確かめるように指の腹をたどらせる。
「特別に、奉仕いたしますから」
父をまたいで膝立ちになり、口を吸った。
「ふう」
口づけを離すと唾液が糸を引いて二人をつなぎ、それを追ってもう一度唇を重ねた。
「ん。ん…」
夢中になっている息子の眼元に、普段見ないような色気が見え、関羽は興を起こした。
「おもしろい、やってみろ」
父の帯を解いて上半身をあらわにし、しばらくは手と口で肌を愛撫していたが、間もなく飽き足らなくなり、股間にうずくまった。
まだ眠っているそこを両手で支え、くびれまでを口に含む。ずっと昔父に教え込まれた通り、父の好みの通りに、じっくり舌と上あごで吸い上げて目覚めさせた。
「は…ふ」
自立したのを見て口内から離し、見せつけるようにその先端をぺろりとなめた。
こうなればもう口には収まり切らないので、ゆるく手でしごきつつ、横腹を甘噛みする。
それがますます大きく、固くこり固まっていくのを間近で見て、自分の中の情欲も同じように育っていくのだ。
父の愛撫を受けて体がその気になるのとはまた別の高まりがあった。
「父、上」
早くこのたくましいものでうがたれ、乱されたかった。
「よし。もう、いいぞ」
父がそう言い、己の体もそれを渇望していたが、関平はあえて父を制し、再びそれをくわえた。
「おい」
息苦しさに頭はくらくらとし、体の芯はぞくぞくする。その感覚を押さえこみつつ音を立ててそこをしゃぶり続けた。
「くっ…」
関羽の体が一瞬強張ったのに続けて、関平は喉の奥に熱いほとばしりを受け、息をつめてそれを飲み下した。
「ふ」
体を起こすと、彼は指から手首に流れた液をなめ取った。猫のように舌を出して、父に見せつけるように。
いささかあっけにとられて関羽が見ていると、彼は父を寝台に連れ込み、裸になって横たわると手招きした。
「さ。きて下さい」
一応は呼びこまれた通りに息子の上に体を伏せてやると、腕を首筋にからませ、嫌に積極的に求めてくる。
「おい、どうしたのだ」
「どうも、どうもしません。いいから、早く…! ん…」
唇をあわせれば吸いついてくる。どうにも無理に酔おうとしている様子が痛々しい。
「父上、父上」
まあよかろうと、関羽は調子をあわせてやった。わけは後から問いただせばいい。
その大きな手の平で肌を愛撫してやったが、どこかに触れるたび意図的に声を上げて、没頭しようと努めているらしい。
しかしそうすればそうするほど体は冷め気は沈んでしらけるばかりで、体をあわせるどころではなく、二人はあきらめて寝床に転がった。
「今日はおかしいな、お前は」
「おかしいのは父上の方です。私は、私は不安なのです」
布団にくるまって父に背を向け、彼は言った。
「戦が怖いのか」
「戦など。私は軍神の子です」
「では、なにが不安だと言うのだ」
皮肉っぽく笑って背後で父が言う。
その様子からしても本心を明かしてくれる気は毛頭なさそうだ。
関平はたまりかね、がばと起き上がって父に向き直った。
「父上、私に隠し事をなさっても、嘘をついても構いません。ただ、」
「ただ、なんだ」
「ただ──父上がお悩みなら、私は力になれませんか」
しかし言ったそばから、馬鹿なことをと彼は思い、再び布団を頭からかぶって壁に向かって転がった。
気位の高い父の心に土足で踏み込みたかったのではない。
──ただ、ほんの少し、父上の助けになれれば。
彼が苦くそう自省していると、背後から父が腕を回してきた。
「…。平、父が悪かった」
「え」
「お前をつれていくのは、ただの父の我ままだ。いいか、お前は父の一部だ。離れることは許さん」
「ち、父上」
「地獄の底だろうが、父についてこい。分かったのか?」
不穏なことを言われながら、しかし鼓膜に響くほど動悸がした。胸が痛いほど高揚した。
「は、はい」
「よし」
息子の返事を聞いて、関羽はその姿勢のままゆったり愛撫を再開した。
「あ…っ」
ただ静かに体をなでられているだけなのに、耐えがたいほど気持ちがよかった。体が震える。
さきほどまでとはまるで感覚が違った。
「あ、ん…」
胸の突起をつままれて、関平はひくりと肌をひきつらせた。体の中がじんわりとぬれるのが分かる。体と心が、父を欲しがっている。父と一つになりたがっている。
内股を父がなでさすっているのが、じれったくもあり、心地よくもあった。
「ああ」
父の手が促すままに、足を少し開く。父の熱いものがあてがわれたのが分かって、彼は体の力を抜いた。
「平」
「は…い」
ゆっくりと父のものが入り込んできて、彼は体を反らせた。本当に、父と溶けあってしまいそうに思った。
翌朝。
馬を引き出さんとする関平を関興と関索が囲んでいた。
「どうかお気をつけて」
「兄上、ご武運をお祈りしております」
実際祈るように、手のひらをあわせて頭を下げる。
「大げさだなお前たち」
「ですが、今度のように大きな戦はかつてなかったものですから」
不安そうに言う。
確かに、今回の出兵はいつもの小競り合いとは訳が違う。荊州の守りに就いて初めての、大兵団を編成して攻めて出る計画的な戦争だ。
「戦は武人のなりわいだ。お前たちもそのうち戦場を渡って生きるようになるのだぞ」
元気のなかった兄が昨日までとは違って晴れやかな顔をしてそう言うのを見て、弟たちもいささか安心したようだ。
「興、今日から当面お前がこの家の主だ」
「は、お任せ下さい」
「索は興を助けるように」
「はい。私たちも、後から参りますから」
「そのころにはお前たちの出番などなくなっているかも知れないがな」
陽気に笑ってみせる。
「妹とは話して行かれないのですか」
「姫と母上にはしかと今日とはお知らせしていないからな。この方がいいのだ。いざという時にはお前たちが二人を守るのだぞ」
「しかと心得てございます」
しかしそこへ、姫がおごそかに現われた。
「どうしてご存知になったのです」
「私を見くびられないようにとは前にも申し上げたはずです。泣いてとめるような女とお思いですか。父上と兄上が賊に後れを取ろうなどとは露とも心配しておりませぬ。一足先に戦勝のお祝いを申し上げに参ったのですわ」
いつになく着飾っているのは祝賀の装いだと言う。
まだ十をいくつか過ぎたばかりだというのにこの威厳。関羽の血を引く三人の中で父に一番似ているのは間違いなく彼女だ。
関平は戦神を思わせる妹の前に跪礼した。
「必ず吉報を持ってまかり戻ります」
「そのようなことを申しておったか」
くつわを並べて軍を進めながら、関平は出掛けの出来事を父に語った。
「いつだったかお前が娘を娶りたいなどと言い出した時にはこの父も大層参ったがな」
「無粋をおっしゃいますな父上」
関平は機嫌を損ねて言った。
「いかな私でも妹と添い遂げられないことぐらい存じております。父上におかれましては、早く姫に立派な夫を見つけて下さいますよう」
「先だって軍師の弟が縁談を持ってきた時、お前は私より怒っていたではないか」
元より手厳しく追い返すつもりだった関羽だが、そばに控えている関平が「早く断りなさい」とすごい目でにらんでくるのでよりすげなくしてしまったのだった。
「当然でございましょう。私が到底敵わぬような立派な男でなければ認められませぬ」
「そのような男、そうそあるものか」
苦虫を噛みでもしたような顔で無愛想に言う父。人を誉めるのがなにより苦手なのだ。
思わず関平は気をよくした。
「誠に残念ですが、私には生涯を捧げると誓った方が他にございますので」
それが誰なのかなどと問うほどには関羽も無粋者ではない。
「お前も言うようになったな」
「荊州にきてから、色々なことがございましたから。静かな日々ではありましたが」
「今日からはそうは行かぬぞ」
「望むところでございますとも」
言うが早いか、父に先んじて関平は馬を駆けさせた。
たとえこの先の戦場にどんな困難が待ち受けていたとしても、父とともにあれば彼にとってなにごとも物の数ではありはしないのだ。
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