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今年の冬、江陵はかつてない寒さに見舞われていた。
容赦なく吹きつける氷雨に、道行く領民は辛そうに眉根を寄せ、肩をいからせ背を丸めて家路を急ぐ。
──しかし、いいではないか、みな。家に戻れば大切な人と温かく過ごせるのだろう?
いささかひがみっぽく関平はその光景を眺める。
家は隙間風がしても、布団が冷たかろうとも、二人で肌を寄せあえばその温度以上に暖かいだろうに。
──それなのに私は。
天下で最も寒く、わびしい思いをしているのはこの私だと関平はほぞをかんだ。
その晩もいつも通りだった。
帰宅し、雑事などして過ごしていると父からお呼びがかかる。
参上して父の晩酌につきあい、いい具合に酒がまわるともう寝るかと父は言い、そして、寝るは寝るでも、本当に眠ってしまうのだった。
──ど、どういうことなのですか。
関平は業を煮やし、もう寝入りかけている父の袖を引いた。
「あの、父上。近頃なにかお忘れでは?」
「うん、なんだ?」
無理ににこにこと愛想笑いを浮かべる息子を見て、関羽はにんまりと笑う。
「ふん。手のかかる奴よ」
意図が通じたとばかり思いほっとしている息子の首におもむろに腕を巻きつけて、引き寄せる。
しかし、関平が期待に胸を躍らせたのもつかの間、音を立てて唇を一瞬吸っただけでさっさと放り出された。
「ではな」
拍子抜けしてしばし放心した彼が、我に却って叫んでももう遅い。
「惜しいけど、違います!」
父は夢の中だ。嫌がらせかと思うほどのこの寝つきのよさ。
もう半月もこんな様子なのだ。
関平は父の愛情の薄れを大変さみしく思った。そのことが胸の大半を占め、なにをしてみてもむなしく、つらく、心が寒い。鬱々とし、心神耗弱というのはこういう状態だろうかと、彼らしくなく無気力に思う。
そして、やはり父こそ己のすべてであったのだと、改めてそう思い知る。
父が毎晩のように求めてくることを、もういい加減休ませて欲しいと懇願しても許されないことを、苦役に思った過去もあったが、思い上がりであった。
父をいつまでもつなぎとめておけるほどの特筆すべき肉感的魅力が己にないことは明白であるのに、父が精力的であるのに甘えて努力を怠った報いだ。傲慢であった。
──いや、まだ手遅れとは限らぬ。今からでも、父上の愛を取り戻すのだ。
「父上、久しぶりにひげの手入れをいたしましょうか」
さりげなく、あくまでさりげなく関平は切り出した。
父が鷹揚にあごを上げて許したので、関平は父に膝を寄せる。
まずは手で丁寧にほつれを解き、小刀にて傷んだ毛先をそぐ。
父は瞑目して息子に任せ、時折鏡で仕上がりを眺めるが、どうも不満らしい。
かつては千尋の滝のように豊かで、そして漆黒につややかだった父の髯もずいぶんさみしく白くなってしまい、年寄りくさいと不愉快に思っているのだ。
白いものは以前は抜いていたのだが、最近では追いつかずそのままにしている。
関平にしてみれば、白髪交じりのその様子もまたひとしお威厳が増し男振りが目覚ましいと、眺めては見入ってしまうのだが、そう伝えても父は不興を募らせるばかりなので、構わず一人で不満がらせるように努めている。
今も思わず見ほれてしまい勝ちになるのを、強いて手を動かす。
仕上げにと椿油をくしに塗って一通りなでた。手慣れたものだ。
関平がまだ若かったころ、父の髯の世話と言えば彼の役だった。そして、これは二人の間の暗黙の合図でもあった。
彼がまだ物慣れなかった時分、夜、父に部屋に呼ばれるごとに、仕事向きの話だろうか、それとも別の、例の用件だろうかととまどった。離れて座れば拒否しているかのようでよそよそしく、変に近寄るのも期待しているかに見えて馴れ馴れしいかと、どこに座ったものかと戸口の当たりでうろうろするので、そんな息子のために心優しい行き届いた父は合図を決めてやったのだった。
「今夜、ひげの手入れをせよ」
と言えば、それはすなわち私用である。
髯を整えるとなれば、ごく近くに寄り添って腰を下ろし、父の胸元に顔を寄せることになる。その後の本題への展開もごく自然に潤滑に行くというものだ。
ほどなく息子も感覚をつかみ、父の口ぶりでおよその用向きを察するようになった。そして、そもそも父の呼びつけには公私の別がはっきりとはないことも分かってきた。
そうして、特別に合図を定めずとも自然に床に入れるようになったし、関平も職務が忙しくそうそう父の髯の世話を焼いてもいられなくなったためいつしかこの合図は使用されなくなったが、そんな昔を思い出し、呼び起そうという意味で彼は父に持ちかけたのだった。
父の髯が整うにつれて胸が高鳴るなど、一体どれくらい振りだろう。そして父はそんな自分の意図を気づいてくれているだろうか。
「ち、父上。あの、懐かしいですね。昔はよくこうしてお手入れをさせていただきましたね」
「そうだな」
なんという気のない答え。しかし、めげている場合ではない。
「で、では、早速、」
「寝るか」
「ええ!?」
押しの弱い彼は無力にも、大人しく父と並んで横たわった。布団はほどなく暖まろうとも、どうしようもなく胸が冷え冷えとする。
──今夜もこのままこうして、ただ眠るのか。これからずっと。
そう思えば、さみしさに胃のあたりがきゅっと縮む。耐えがたく、彼は固い意志を持って起き上がると、父に覆いかぶさってその口をふさいだ。
「…父上」
「うん?」
「その」
こうした時にどう言ったらいいものだろうか、さっぱり分からない。いつも、父が求めてくるに任せて怠惰に過ごしてきたそのせいだ。
「…。お情けをいただけませんか父上」
露骨でなく遠回し過ぎず、なかなかうまく言えたと思うのだが。
「構わんがな」
そう返した切り、父は白々としている。好きにせよと言うのだ。
いたしかたなく彼は父の衣服のあわせから手を忍び込ませ、父をその気にさせるべく努力を始めた。
たくましく盛り上がった父の胸筋。触れているこちらの方が先に気を募らせてしまう。
首筋あたりに唇を寄せながら、その胸を、そして脇腹あたりを熱心になでさする。
「はあ」
思わず彼は熱っぽく吐息した。
「気の入ったことだ。父はなにもしておらんというのにな」
そんな様子を父は意地悪くあざ笑う。
そぞろになりそうになる気を持ち直して関平は先を続けた。
まどろっこしいのが悪いのだと、せいせい布団をはだけようとしたのだが、
「寒いではないか」
と制せられてしまう。
「しかし、やりにくいです」
「寒くてならん」
なんという非協力的な態度。ともに努力し、喜びを分かちあおうという誠意がまったく見られない。
──愛が冷めるとは、こういうことなのだ。
関平は己のしていることが急激にむなしくなり、父の胸にぱたりと無力に伏せた。
「なんだ、こんな中途半端でおしまいか」
「…。長らく父上にいつくしんでいただき、平は幸せでございました」
身も心も弱り切って、関平は弱々しくつぶやいた。今はただただ過去の幸福が輝かしい。思い返すに、長年、自分はなんと幸せだったことだろう。くめども尽きることのない父の愛をあふれるままに浴びて、それが当たり前と慢心していた。
「今にして父上の愛が冷めたからと言って、平は恨みに思ったりなぞはいたしません」
大体にして、自分たちは元々が親子であり、肌をあわせる幸福など身に過ぎたものだったのだ。
「なんの話だ」
「父上は、私に情愛を感じられないのですね」
「まあな」
これ以上ないほどにべもない答えだ。やはり父はもう、自分のことなどどうでもいいのだ。
「まあ、なにしろ寒くてな」
──うん?
今の切り返しはなにかおかしくなかったか。
「なんにせよ、こんなところで中断されてはかなわん。後は父がするから、あわせるのだぞ」
「あ、は、はい」
関羽は手を伸ばし、息子の股間のものを強目に握った。
「うっ」
「なんだ、もう随分とその気になっておるな」
「…。ずっと、私を放っておかれたのは父上ではないですか」
言ってしまおうかやめようか、そうした逡巡を見せたのちに、伏し目がちに関平はそうこぼした。
その風情は、関羽のような男の征服欲・独占欲をあおらずにはおかない。
組み伏せてその体を開いてやりたい衝動を抑え、仕方なくつきあってやる態度を守って、関羽は息子に少し上体を起こさせた。
「そのままの角度で腰をおろせ。ゆっくりとな。そう」
「ん…。あ、ああ」
のけぞらせたあごから首への線が、見上げると実にいい具合だ。腕を伸ばし、関羽はその線を確かめるように大きな手の平でなでおろす。
そして、再び自分の上に体を伏せさせた息子の腰辺りをつかみ、関羽は強弱をつけてゆすり始めた。
「ん…」
促され、関平は脇から腕を回して父の背を抱き、すがりつく。
「あっ、あっ」
やはり彼は性格的に導かれる方が向いているらしく、こうした方が十分に没頭できた。夢中になって父の動きを追う。それは随分と乱暴でそして性急であり、しかしこの上もない、体の芯がとけそうなほどの悦楽だった。
一方で関羽は、自分で言い出したとはいえ相手に好き勝手に進められるなど気に食わないたちである。自分主導になってからこちら、急激にやる気をみなぎらせた。
耳元に、息子の乱れた息が当たるのは悪くない。間近で聞いているために、その微細な調子まで聞き分けることができた。
「うっ、うっ…」
押し出されるように、声とも息ともつかない喘ぎが関羽の耳を喜ばせる。随分と日を空けたためだろうか、体がついてこないのか時折苦しげにうめくのも興をそそる。かと思えば、歓びを抑え切れないあからさまな嬌声であることもあった。
「あっ、はあ、はあ。ち、父上、父上」
切なげに、すがるように自分を呼ぶのは終わりが近い証拠だ。素直なその反応は、関羽は嫌いではない。意地悪く焦らすことはせず、そのまま追い上げてやった。
「うっ、くっ! あっ、ああ…っ」
登り詰めるとともに強く父の背を抱いて、久し振りのことで関平はそのまま気が途切れてしまった。
「うむ。なかなか、暖まったな」
父の言葉がどういう意味か、深く追求することもかなわなかった。
大方の予想の通り、関羽は寒さで怠慢になっていただけであり、もう一、二ヶ月もすれば草木の芽が萌え出るのにならうかのように大いに精力的となり、今回とはまったく逆の意味でまた息子を悩ませるのだった。
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