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 さて、今回の主役は関索である。
 これまでも登場するごとに異彩を放つ発言をかましてきた彼だが、一体、生まれつきこんな様子だったのかというと、実のところ関平はよく思い出せないのだった。

 もうずっと昔になる。
 弟たちが小さかったころ、非番のある日、関平はやんちゃざかりの彼らを野原に連れ出してやって遊ばせてやっていた。
 雑草を端から引きちぎっては投げ散らかす関興。尺取り虫が尺を取るのをひたすら眺めている関索。遊び一つにも性格が出るものだと、関平はのどかにそれを眺めていた。
 すると、機嫌よく遊んでいた関索がにわかににやってきて、いつになく真剣に、雨が降るからもう帰ろうと言うのだった。
 見上げれば群雲はちらほらあるものの十分に晴れている。心配はいらないもっと遊んでいなさいと言い聞かせたのだが引き下がらない。必要以上にはきはきしているすぐ下の弟と違い、いつもぼんやりしているこの弟のこの常にない気配。関平はいささかとまどったが、子を育てるのも二人目で要領は飲み込んでおり、これくらいの子供は言い出したらどの道理屈で説き伏せることは不可能と知っている。こうなれば気の済むようにしてやるしかないと、荷物をまとめ、弟たちを馬に乗せ帰宅した。
 はたせるかな、家の軒に入るや入らずやで大粒の雨が叩きつけるように落ちてきたのだった。
 満足らしくにこにこする関索を見て、関平は背筋がうすら寒くなった。

 彼のこうした霊感はなにも天気に限ったことではなく、摩訶不思議な現象を度々引き起こしたのだが、これが、ある事件の後からなのか、それとも初めからこんな弟だったのか、関平にはそれがどうにも分からない。
 その事件とは。
 関索は幼いころ、神隠しにあったのだった。

 夜祭り見物に出て、灯篭を見るのに夢中になってはぐれてしまった彼を家族は文字通り不眠不休で捜したのだが手がかりはなにもなく、それこそ煙になって消え失せたか神が連れ去ったかという具合だった。
 関索は大変顔立ちの整った子だったので人買いに捕まったのだとそう言う人もあったし、彼の父親に仇なそうとする者がさらって行ったのだとも言われた。
 あてどもなく三日三晩が過ぎ、もはや無事な姿で戻ることはあるまいと家族が絶望し始めたころにひょっこり帰ってきた。
 しかも、今ごろどこでどんな心細い思いをし、どんなにひもじい思いをしているかという心配とは裏腹に、関索はむしろ太って戻ったのだった。
 関平と母が血相を変えてどうしていたのかと問い詰めたが、どこかは知らないがとてもいいところで、楽しい思いをしておいしいものもたくさん食べたのだと、また行きたいと、がんぜなくそう言うばかりだった。
 その事件の衝撃があまりにも大きいため、それ以前の関索がよく思い出せないのだが、その事件がきっかけで奇行が始まったようにも思うし、昔から変わった子だったようにも思われる。

 その後もしょっちゅう不意に行方が知れなくなっては、不意になに食わぬ顔をして戻ってきたりする。その間の行方については語ろうとしないし、また、彼に聞いてもむだである。
 "索"とは変わった名に感じられるが実は本名ではなく、父がつけた威風堂々たる立派な名がちゃんとあるのだが、ことあるごとにみなで捜索して回らねばならない彼を関興が「また索の奴が」と言ったのが発端で"索童"とか単に"索"とか呼ばれるようになり、次第にそれが名前のようになって、今では両親さえそう呼んでいるのだった。
 あまり勉強を好まず、受け答えも目から鼻に抜けるというようには到底行かない一見凡百な少年で、普段は落第すれすれの成績を取ってきても気に病む風はなく、しかし、どうかすると秀才の誉れ高い関興にも解けないような問題を難なく解いて見せたりする関索。
 剣の腕にしてみても、鳳凰の子であるはずのこの弟がどうにも飲み込みが悪いので関平はその将来を真剣に心配した時期もあった。しかし、その分恐るべき勘があって、不意をついて打ち込んだものをひょいとかわしたりする。なぜ分かったのかと聞けば、なぜもなにもない、分かったから分かったのだと言う。
 どんなことにせよ人に劣るのが我慢ならないなたちの関興は、茫漠とした弟にここ一番という勝負でいつも打ち負かされることを耐えがたい屈辱と感じていたが、しまいには、奴は尋常の人間でないとして自分を納得させるようになった。関興が秀才なら、関索は奇才と言おうか、いやそれは誉め過ぎだろうか、とにかく、関索はつかみどころがなかった。
 これまでの人生をひたすら地道に堅実に生きてきた関平は、末弟を一般社会に適合するよう矯正すべきなのか、奇色を個性と認めてこのまま伸ばしてやるべきかと悩んだのだが、もちろん彼に手のつけようがあるはずもなく、そしてあの父の流れを汲むものを自分がどうにかできようはずもないと悟って、そのままにした。

 さて、その昔、彼が優れた勘の持ち主なので、占いでもさせたらおもしろかろうと言い出したのは母だった。
 試しにやらせてみると関索は、師匠につきもしないのに占星も筮竹も自己流でこなし、手始めに、その年春一番の吹く日を一日のずれもなくぴたりと言い当てたのだった。
 家族のうち男衆はそのころにはもはや関索の途方もない神通力をあきれとあきらめの眼で眺めていまさら驚きもしなくなっていたが、母と妹は女性らしい好奇心でしばらくその占いに熱中した。
 しかし、占いなどというものはほどほどにあたり、ほどほどに外れるから楽しめるのであって、百のうち百的中するとなると気味が悪いばかりである。そのうち誰も彼に卦を頼まなくなり、関索の方でも自分が変わり者だという自覚が出てきたのか、その奇妙な能力を発揮するのを自粛するようになった。
 今回の話は彼がその封印を解いてしまったことから始まる。

 ある朝、母がこっそり関索のところにやってきた。
「螺鈿のくしをなくしてしまったのです。お前の占いでなんとか探し出してはくれまいか」
 それは高価なだけでなく、その昔、夫がくれた大事な大事なくしであった。その人に露見する前にどうかして見つけ出さねばならない。
 母の頼みでは嫌とは言えない。それに、父の機嫌を保つことは家全体の是でもある。
 関索は筮竹を戸棚の奥から出してくると、しごいて二つに分けたり指にはさんだりしたのち、こともなげに、寝台と壁の隙間に落ち込んでいると教えてやった。
 くしは即座に見つかったが、この拍子に彼は、見なくていいものまで見、知らずにいた方がいいことまでをも知ってしまった。
 関索は数日の間一人思い悩んだ。考えていることが外側から目に見えて分かる関平や関興と違い彼の胸中は分りにくかったが、それでも悩みの重さは一緒である。
 そしていよいよある決心を固め、父の部屋に赴いた。

 そのころ、関羽は長男とともに、自室で漢中の戦の戦況を計っていた。
 伝令がもたらした情報を元に、地図の上に兵馬に見立てた駒を並べ、戦の成り行きを検討する。関索はそこに訪ねてきた。
 これが関興だったなら、兄譲りの間の悪さで余人が立ち入ってはならない場面にちょうどばったり出くわしてしまうものだが、そこは心得たものである。
 しかし彼に取ってはこの場面も楽しいものではないらしく、地図や駒をちらりと見、視線をかげらせたようだった。
「少し、お時間を取っていただけますか」
 しょっちゅう父と角突きあわせている次男坊と違い、関索が父に話があるなど滅多にない。ただでさえ口数の少ない彼だ。関平などは、弟の声を久しぶりに聞いたように思ったほどだ。
「ふん。珍しいな。まあ座れ」
 父の方でも面倒とも言い出さず聞いてやる気のようだ。それもまた珍しい。
 なにしろ重要な内密の用件らしいと、気をきかせて席を外そうとした関平だったが、その時。
「兄上」
「お前もだ」
 二人から同時に呼びとめられた。
「え、ええ? 私、も? なのか? 索」
 思わず弟に確認するが、彼が黙ったまま顎を引くのを見て、関平はずっと昔に感じた悪寒を突如また感じた。
 形而上的な才能についてはかけらほどの恵みも天から賜っていない関平だが、この時ばかりは急激に胸が悪くなり、手の平にびっしょり冷や汗をかいた。
──なにを言おうとしているのだ索は。私にまでとは、一体全体、なにごとだ。
──なぜ父上は、なにも聞かないうちから索の言わんとすることが分かっておいでの様子なのだ。
 聞きたいことはいくつもあったが、大きい石を飲み込まされたようにのどがふさがるし、まっすぐ座っているのも困難なほどめまいがする。
「漢中は、取れそうですか。いつごろになりますか」
 卓上の地図に視線をやりながら、関索が切り出す。
「まだそうそうすぐというわけには行きそうもないな。来年の、そうだな、前半になろう」
「済むのを待って、荊州の軍を動かしますか」
「蜀には二か所で同時に戦争するほどの地力はない。魏とは違ってな。それに、漢中戦の結果いかんによっては再び荊州が本営になる可能性もある。軽挙はできん。だが、」
 関羽はそこで言葉を切った。
「父ももう歳よ。のんびりしている暇はない。いずれ兄上のお許しさえ出れば、一気に北上して平原をいただく」
 関平が驚いたことには、なんという、普通のやり取りだろう。取り立てて軍部に興味も持たない関索がこうした質問をしにくること自体は不思議だが、内容はさもないことだ。父・関平・関興の三人の間であれば、日常的に話題に上がることだ。しかしどうしたことか、聞けば聞くほど関平は気分が悪くなってくる。一体彼らはなんの話をしているのか。
 そして関索も、父の返答を一つ聞くたびより陰鬱な表情に落ち込んで行った。かと思うと、関平から見ればまったく話の途中であるのに、やおら席を立った。
「むだと知りつつ愚かにもやって参りましたことをおわびいたします。父上のご決心を変えることは私にはできませんね?」
「無論だ。しかし、占いが必ず当たるなどということはあり得ん。お前の眼力と、父の命運と、どちらが強いか。およそ明白だろうよ」
「おっしゃる通りです」
 力強い父の言葉にようやく笑んだ関索がきびすを返して去ろうとした瞬間、ようやく口がきけるようになった関平が叫んだ。
「ど、どういうことです!? なにを言っているのですか父上、索も。私にはさっぱりわけが分りませぬ!」
 そこで兄の存在を思い出した関索が足をとめた。
「兄上を伴って出陣されますか?」
「布陣を考えるにはまだ早過ぎる。だが、平はこの父の一部よ」
「そう…。そうですね」
 再び関索は表情をかげらせた。
「興はあの通り気性は荒いが智勇とも能力は十分だ。立派にこの父の後を継ごう。お前が支えてやって家を盛り立てよ」
「承知いたしました」
 今度こそ関索は立ち去った。

「父上、一体」
 話題が自分の上に及んでも結局最後まで会話から取り残された関平は、まだいささか呆然としていた。彼に分かったのは、少なくともおめでたい話ではなかったということぐらいだ。
「お前は黙ってこの父の後につき従えばよい」
「そんな。少しは私にも事情を」
「不服か」
 父が口角を上げて意地悪く笑った。つきあいの長い関平はそれだけで、父がまともに答える気はないと分かる。しかし悲しいかな、どうやったらはぐらかされずに済むか、そこまでは分からない。
「そういうことではなく。もちろん私は、なにがあろうとも、父上について参ります。ですが…」
「それならいい」
 関羽は笑みを深くすると、息子を引き寄せて強引に口をふさいでしまった。
「うぐ…、父上…」
「黙っていろ」
 結局関平はなにも知らされず、せいぜい彼に分かったのは、なにごとかよからぬことが起ころうとしているということぐらいだがしかし、父の妨害によって、それ以上はもう考えられなかった。


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