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関羽に娘ができたのは、新野にあったころだった。
頭数として役立つ息子にしか興味がないかと見えた関羽だが、意外にも娘は箱入りに育てる計画のようだ。
そして、関家の門はにわかに華やかになった。
そんなある日のこと、妹に近寄れらせてもらえない三人の男兄弟はたくらんで、父が周倉と遠乗りに出た隙を狙って母の居室に忍んで行った。母は喜んで腕に抱いた赤ん坊を差し出した。
「わ、私が抱いてもよいのですか」
腰が引けながらも関平は嬉しそうだ。
二人の弟も手ずから面倒を見た関平だが、妹となるとまったく勝手が違う。
「いいですとも。ほら、長兄ですよ」
「なんと愛らしいのでしょう。父上にはまるで似ておりませんね」
口が達者になってきた弟たちの影響か、そのころでは関平も関羽がいなければ言いたいことを言うようになり始めていた。
「私を見て、笑っていますよ」
「兄上が分かるのですよ」
関平は感動した。
──このように愛らしい姫は見たことがない。必ず私が守ろう。きっとそうしよう。
関平が心に誓いを立てて幾歳月。門外不出の関将軍の娘は音にのみ聞こえる美姫であり、実際玉のように美しかった。
そして、あれは益州に出立する時だった。まだほんの五つやそこらのこの姫に"きっと兄上のお嫁さんにして下さいませね"とせがまれて、がんぜない妹の言うことであるし、また、父を離れて慣れない遠征に出る不安定な心のせいもあったろう、余計なことを関平は言ったのだった。
「武人が戦に赴くからには、戻った先のお約束はできませぬ。ですが無事戻りましたあかつきには姫のお言葉に添いたいと思います」
関平はまったく軽い気持ちだったし、それどころかこのやりとりを忘れ去っていたが、姫はその言葉を胸に刻んだ。兄にふさわしい女人に成長するためにと日夜研鑽を積んだ。
そしてすっかりたくましくなった。
その意志の強さは、その気位の高さは、どこぞの誰かにそっくりだった。
関平が戻ってからこちら、姫は長兄にべったりである。
目の中に入れても痛くはない妹であるから、関平も悪い気はせずしたいようにさせているのだが、"兄上の奥方になるのよ"と吹聴して回る幼い姿をほほえましく見ていた周囲も、あまり熱心なのでそろそろ心配になってきたのだった。
そして、その話がたとえ完全な冗談であろうと気に食わない人物が一人いた。
もちろん関羽だ。
今回のことは関羽には二重の意味で面白くなかった。
娘のことはさておくとしても、自分というものがありながらけしからんと関平に対して思う気持ちがあるからだ。
ご自分は浮気し放題ではないですか、と関平は思ったが、賢明な彼は口には出さなかった。
そして、関羽の怒りを一身にかぶるのは当然関平になるが、自分から口説いているわけではないという強みがあってこの件に関しては関平も簡単には平伏しない。
──妹でさえなければ、無論、もったいないほどの良縁なのだが。
などと、本人もまんざらではないからだ。
むさくるしい戦場から戻って母や妹にまめまめしく面倒を見てもらえるようになると、関平としてもなにやら妻を持つのも悪くないという気分にもなってきた。
向こうから妻になりたいと言っているのだし、かわいい妹を人にやるのが惜しさもある。
なに、妹とはいえ血はつながっていない。自分が妻に取ってなんの不都合があろうか。
関平は次第に強気になった──のであるが。
姫は外見は母親似だが、中身は関羽によく似ている。ほとんど関羽そのものであると言ってもよかった。
父に振り回されるだけでは飽き足らず、そんな姫にまでつけ入られるとは気の毒な彼だった。
一方で関平に反比例して珍しく関羽は弱った。
遠征から帰ったばかりの関平を成都に使いに出した時、姫はつむじを曲げてしばらく父と口をきかなかった。それを思うと、この問題はそうそうぞんざいに扱えない。関平だけのことであれば、どうとでもなるのだが。
そんなある日、ついに関平が切り出した。
「父上、姫を私の妻に下さいませぬか」
「なに?」
「必ず大切にすると誓いまする。生涯他に妻は持ちませぬ」
「世迷いごとを抜かすな。お前などにやれるものか」
しかし相手が関平となると、切り口上では断り切れない。
惜しいかな関平は犬の子ではない。なにぶん、自分の息子だ。
条件だけ見れば、関平は人柄が見極められていて、当たり前だが身分も釣り合い、娘婿として申し分ないのだが。
後年、孫権の息子ごときに娘を求められた時、いっそ関平にやっておけばよかったと、できもしないのに後悔した関羽である。
しかしこんな話を寝物語にするあたり、関平も本気なのかどうなのかつかみ難いところだ。
いずれにしろまだ何年も先のことだと、関羽はこの問題を取り合わず棚上げした。そのうち忘れもしよう。
この不誠実な対応を家族はここぞとばかりに責めたが、関羽は憤然としてそれを退けた。
「この不届き者めが。年端もいかない娘におかしなことを教え込みおって」
「私がなにをしたとおっしゃるのでございましょう。姫がご自分からおっしゃったのです」
いけしゃあしゃあとしている。
「あと五年も待てば、よい年頃ですね」
「お前はそのころ四十近いではないか」
「伯父上が五十を過ぎて今の奥方を持たれましたことを考えますれば私など若過ぎるぐらいでございます。私は身辺はきれいなものであると請け合いますよ。もっとも、愛想の悪い武人が一人おるようですが」
実にあてつけがましい。
「姫の父君も人に言えない情人をお持ちのようですし、痛み分けではございますまいか」
関羽は二の句が継げなかった。
今回に限っては関平に利があるようだ。
結局、今もって結論は出ていない。
姫が適齢に達する前に父と兄は他界してしまうのだが、それはまだ誰も知らない、今は幸福な日々である。
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