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 昔々のその昔。
 寒い寒い北の国(多分解良県とかいうところ)に働き者ではあるが貧しい男、雲長という者がいた。
 ある吹雪の晩。雲長は罠にかかって弱ったつるを見つけた。

「この寒いのに可哀相なことだ」

 雲長は罠を外してやるとぐったり力無いそのつるを連れ帰り、脚の傷に薬を塗って重湯を与え、さらに自分のヒゲに包んで暖めてやった。
 雲長の細やかな世話の甲斐あってかつるは次第に元気を取り戻し、翌朝には自分から餌に口を付け、さらに翌日には緩く羽ばたく真似もしてみせるようになった。

「おお、よしよし。もうすっかり良いようだな」

 そうして雲長は、三日で手の平から直に餌を啄むほど自分になついたつるを名残惜しく思いながらも、「二度と捕まるようなドジを踏むなよ」とこれを池の脇の葦の茂みに放してやったのだった。



 さて、幾日かが経った再び吹雪の晩。つるを助けてやったことなど忘れかけた雲長の小屋の戸を叩く者がある。

「…こんな夜更けにどうしたことだ。さては曹操の手の者か」

 警戒しながらも誰何すれば、返って来たのは聞きも知らぬ声。

「…雲長さま、雲長さま。どうかここを開けてくださいませ」

 戸を細く開けてみればそこには真白な衣を纏った見知らぬ若い男が立っていた。

「はて、覚えのない顔ではあるが何ゆえそれがしの名を知っておる」
「雲長さまの御名は天下にとどろいております。何でもいたします、どうかおそばに置いてくださいませ」
「間に合っておる。悪いがあきらめてくれ」
「そんな…!どうか、どうか」

 むむ、と雲長は考えた。しかし拱手平伏して必死に頼み込む若者の血の滲んだ裸足がふと目に入り、これを憐れに思った雲長は仕方なく若者を小屋に入れてやったのだった。

 名をお授けくださいと頼み込む若者にへゐと名付けてやると、彼は大層喜び、雲長の身の回りの世話を一手に引き受けこれを喜々として行った。
 ヘゐは夜も明ける前から起き出して雲長のために朝餉の支度をし、雲長が狩りに出ればその供をし、肩を揉み、衣を繕い、まさにかいがいしく雲長のために尽くす。健気で献身的なヘゐの様子に雲長も悪い気はせずこれを可愛がり、文字から詩歌、兵法まで教え込み、自分を父と呼ぶことまで許してやったのであった。

 しかしヘゐの行動にはただ一つ、不審があった。
 夜になると決まって奥の部屋に篭ってしまうのだ。しかも必ず雲長にこう言った。

「父上、絶対に…絶対に覗いてはなりませぬよ」
「わかったわかった、覗いたりはせぬ」

 可愛い息子の頼みとあらば雲長もこれを守ってやるのも苦ではない。しかしそれが幾日か続いた後。



「…、……」

 静まり返った真夜中に、戸板一枚隔てた向こうから何やら微かな声がする。
 ヘゐに覗きはせぬと約束してやった以上、悪い気でも起こらぬようにこれまで雲長は奥の部屋の様子は敢えて気にせぬように努めていた。
 しかしどうだ。
 間違いなくヘゐの声ではあるが、漏れ聞こえるその声色は明らかに尋常ならざるものではないか。
 雲長はそろりと戸板ににじり寄り、微かな声に耳をそばだてた。

「…んっ、…あ…ぁ…」

(なんと!しかしこれはどういうわけだ)
 訝しんだところで真実が知れるわけでもない。雲長はヘゐとの約束の手前、多少気兼ねしながらもついに引き戸の隙間から奥の部屋を覗いた。

「…はっ、はっ…」

 なまめかしい声の正体は、確かにヘゐであった。
 彼は衣の裾をたくし上げて四つ這いになり、現わになったその尻の蕾に己の指を穿っていた。
 時折辛そうに背を丸めたり反らしたりし、そしてその度に震える唇から切な気な吐息を零している。
(うむむ…。しかしヘゐも年頃の男。尻を弄るなどとは解せぬが、自慰に夢中になっておるのなら知らぬふりをしていてやるべきか)
 しかしその時、ヘゐの口から零れた呟きに、雲長は更に驚いた。

「はぁっ、…ち、父上ぇ…」

 甘く、縋るようなヘゐの喘ぎに、雲長は堪らず戸を引き、奥の間に押し入った。

「…え?ええっ?!」

 突然闖入してきた父に仰天し目を白黒させるヘゐを仰向けに押し倒し、雲長はヘゐの瑞々しい身体にのしかかった。

「な、な、何故ですか、父上!!決して覗いてはなりませぬとあれほど…」
「ええい、煩い。お前の方こそ何をしておった?!言うてみよ!」
「おやめください、父上っ…アッ…」

 言うてみよ、と問い質しておきながら息子には答える隙も与えぬまま、雲長は若々しくぴんと張ったその肌を激しく愛撫し続け、ヘゐはついには息も絶え絶えになりながら、箍の外れたようになった父に涙声で訴えた。

「どうして、どうして覗いたりなさったのです。わたくしは父上に…いつかは父上に全て差し上げるつもりでおりましたのに」
「なに。…う、まぁしかしそれならば早いか遅いかの違いで、つまるところお前が父のものになることに変わりはないではないか」
「全然違います!」

 息子の常にはない剣幕に雲長は僅かに怯んだ。

「…全然違います。わたくしは父上にわたくしの何もかもお捧げするその時の為に、父上のお手を煩わせぬようにと日々鍛練しておりましたのに。何もかも準備が調いますれば晴れて父上のお情けを頂戴するつもりでおりました…」

 雲長は息子の睫毛を濡らす雫を拭ってやった。

「…左様であったか。約束を破った父が悪かった。しかし」

 ヘゐの薄い唇をねろりと舐め上げてやると、彼は再び熱い吐息を漏らした。

「固い蕾を手間暇かけて綻ばす愉しみというものもある」
「ち、父上…」

 ヘゐは父の強烈な男の色気にすっかり当てられ、頬を紅に染めて恥じらった。

「…うん?ヘゐ、まだ怒っておるのか。…この父に、そなたの身体を愛でる愉しみを与えてくれぬのか?」
「は、はい…」

 もはや答えようにも呂律も回らぬヘゐを、雲長は殊更優しく、丁寧に、エロく、長く、しつこく愛撫してやり、こうしてめでたく二人はまぐわいを果たしたのであった。



「…父上」
「うん?」
「ヘゐは父上に申し上げねばならぬことが」

 事後のけだるさに俯したまま、ヘゐは深刻そうな面持ちでそう切り出した。

「なんだ。言うてみよ」
「わたくしは…わたくしは、いつか吹雪の晩にあなたさまにお助けいただいたつるなのでございます」
「なんだ、そのようなことか」
「そ、そのようなこととおっしゃいますが…」
「そのようなこと、この父はとうに知っておったわ」
「…なんですって…?」
「初めからわかっておった。お前が訪ねてきたその晩からな。…どうして知れたのか不思議でならぬという顔をしておるな」
「はい…」

 雲長はヘゐの白い足首を捕らえ、その踝にぐるりと浮き出た赤い傷痕を愛おし気に摩ってやった。

「…この傷を手当てしてやったのは、この父であろう?」
「父上…」

 ヘゐは深く感動し、父にその身を擦り寄せた。

「父上、父上…。ヘゐは父上のおそばにあってしあわせにございます」
「うむ」
「どうか、どうか、これからもずっと、父上にお仕えいたしとう存じます」
「うむ」
「何でもいたします。父上のお喜びになることは、何でも」
「そうか。では手始めに今一度、父に身体を開け」
「は、はい…(ポッ)」



 こうして二人は、否、一人と一羽は末永く幸せに暮らしたのであった。



 ヘゐ、という名が、達筆過ぎる父がつると書いたものを息子はヘゐと読み違えたものであることは、未だ父の胸の内に仕舞われたままである。








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