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「これ、王子さま役かあ!?」
 きいてくれる者もない長江の上で、おはしの櫂をこぐの手をやすめて関興はさけびました。
 前回の人魚姫でろくでもない役をひきうけるかわりに次回王子さま役を要求した関興でしたが、ふられた役はといえば、あけてびっくり一寸法師。
 彼は今、おおしく剣をこしにおび、あらぶる大河のながれを単身船でこぎわたっており、そうとだけきけばゆかんな王子さまのようでもありましたが、かなしいかな、剣はおばあさんのつかいふるしぬい針でしたし、船にいたっては、おじいさんのかけたおわんだったのでした。
 父は体がおおきく、みばえがすることが自慢でしたので、ただたんに、自分でこの役をやりたくなかっただけにちがいないのです。
 おぼれてねているだけで兄に一目ぼれされるという、たなからぼたもちのような役柄だった父にひきくらべ、なぜ自分は、木の葉にひとしいおわんにのりこんで、いのちしらずのラインくだりなどしなければならないのでしょう。
「あんまりふこうへいだ」
 ひっくりかえったが最後、自分がおぼれたって今回はかわいい人魚がたすけにきてくれるみこみもありませんし、どざえもんとなって東シナ海にうかぶうんめいです。
 もしおりわるく今夜あたり、諸葛亮が七星壇にのぼってせいだいに東南の風をよんでしまったりしたならば、十中八九、今日が彼のめいにちとなるでしょう。あまつさえ火計までかけられた日には丸やきの末路です。目もあてられません。

 しかしです、彼はこんな苦労をするひつようはほんらいまったくありません。
 彼のおとうさんは、のちのち王さまのくらいをおくられる人物ですから、彼はかんがえてみれば、ほんものの王子さまなのです。
 そうでなくとも彼は、家柄・外見にくわえて学問のせいせきがゆうしゅうなことで、町中のわかい娘のあこがれのしせんを一身にあつめる、まさに王子さま的存在でありました。
 れいせいになってみれば、このような苦労はまるっきりまとはずれだときづきそうなものですが、関興は、学校の勉強はとびきりできても、あまりかしこくはないという、てんけい的なガリ勉タイプだったのです。
 ひろい視野でものごとをかんがえることができない彼は、目先のかんじょうに目標をみうしなうのでした。

 しかし、希望もありました。
──かわいくてせわのやけるものにめっぽうよわい兄上は、きっと俺をきにいって、なでまわさんばかりにめでることであろう。
 自分で自分のことをかわいいなどといっている時点で、彼のおとことしてのかちは大ぼうらくしていましたが、おかまいなしです。
 彼はみえとていさいさえ守れれば、内面の心の誇りはわりあいどうでもいいという性質でした。
 このあたりが、おとうさんとくらべて彼がいまひとつふたつぱっとしない要因でありましょう。
──それに、
 きをとりなおしてはしの櫂をくりつつ、関興はつづけておもいます。
──これがたとえば俺でなく父上が相似比九十分の一にちぢまってしまったりしたら、兄上はねっきょう的に夢中になって俺など目のはしっこにもはいらなくなるだろうしな。
 そう、このていどで満足すべきです。

 関興はいかりとのぞみをかてにして命からがら江陵ふきんの岸辺にこぎつきますと、ようりょうよく目的の屋敷にころがりこむことに成功しました。
 あんのじょう関平はちいさな関興をおおいにきにいりまして、彼は毎日三度三度のごはんを関平の手からたべさせてもらったり、きがえのたびに帯までむすんでもらったりと、あまえきった生活をおくりました。
 正直なところをいえば、関興は縮尺のもんだいでちいさいだけで、ねんれいはもう十分に大人でしたので、おきふし飲み食いはとうぜん自分でなに不自由なくできるのでしたが、もちろんだまっていました。
 関平はてぬぐいをかさねておりたたみ、関興のためにふかふかの寝床をつくってやりましたが、関興はぜんぜんそこでねようとはせず、ちゃっかり関平の枕のはしでやすみました。そして夜がふけて関平がぐっすりねむってしまいますと、その寝巻の中をたんけんしたりとしております。

 こうしてちいさいことのメリットを最大限まんきつした生活はそれはそれはたのしいくらしでしたが、究極の一点において、この体ではいしょせんかんともしがたいとおもいました。
 そうしたわけで、彼は関平にたのみこみ、せたけを大きくしてもらうよう祈願すべく、おみやまいりにでかけました。
 関平の肩にのっかって、きらくな道中です。
 おみやまいりぐらいひとりでいったらよさそうなものですが、関平にあまやかされてゆるみきった今、何日もあるいてでかけることをかんがえただけで足がいたくなるのでした。
 もうじき兄にあえるとおもえばこそ激流くだりもやってのけましたが、彼は元来なんじゃく者なのです。現代でいったら、ひきこもりになって一日二十じかんぐらいネットゲームをやる若者だったでしょう。

 さて、旅路をすすんでいきますと、すじがきどおり鬼があらわれます。
 巨漢の赤鬼、手にするものはこん棒ならぬ偃月刀。
「でたな、ようかい。かくごせよ、この関興さまが退治してやるぞ。さあ、さがっていてください兄上、私にまかせて。…ん? 兄上?」
 ここが最大のみせばとばかり、たいそういさましく関興は針の剣をぬきましたが、どうも雲ゆきがあやしいようです。
 関平は夢でもみるようにうっとりとしてたちつくしているのでした。
 鬼をみるなり関平は、一目ぼれしてしまったのです。

 あまりのことに関興は、関平の肩からころがりおちました。
「まってください兄上、今回の王子さまは私ですよ。私」
 袖をよじのぼってくぎをさします。
「うーん。水干をきて、手のひらサイズの王子さまか?」
 関平はいささか不満そうでした。
 彼はたしかにちいさくてかわいいものが大すきでしたが、つよくておおきい男がその百倍もすきなのでした。
「かっこうならどっこいどっこいですよ。虎パンツいっちょうの王子ならありだっていうんですか?」
 関興がゆびさす方をみて、関平はあかくなり、はにかんでもじもじうつむきました。
「たくましくていらして、とてもよくおにあいです」
「そうであろう」
「ちょっと!」
 関平のえこひいきがすぎるので、しゅうしゅうがつきません。鬼にさらわれるのをおそれおびえるどころか、今すぐどこにでもつれていってどうにでもしてくださいと、みずから身をなげだしかねないけはいです。
 関興がなきわめき、ひどいと抗議したため、談合の上、しぶしぶながら今回は関羽がひくことになりました。小人が身をまるめてなげくのをみておりますと、さすがに弱い者いじめをしているような、いやなきぶんになるものです。
 そんなわけで、既定路線にもどして話をすすめることになりました。

 ただし、針でつつかれいたがってにげまわる件にかんしては関羽が断固拒否してゆずりませんでした。武人のこけんにかかわる、俺は骨をけずられたってびくともしなかった豪胆だといいはるのです。しかたなく、とにかく打ち出の小づちだけおいていなくなってもらいました。
 形式主義もここまできますといっそすがすがしいほどです。

「小づちよ、関興の背をおおきくせよ、おおきくせよ」
 さて、その打ち出の小づちを関平が二度三度とふりますと、関興はみるみるおおきくなって身の丈八尺の立派な青年になりました。
 父のわかいころをおもわせる、せいかんなその姿かたちに関平もうっとり。こうなればしめたものです。
 関興は自分の胸板や二のうでをたたいて成果をたしかめ、おおかたまんぞくしましたが、ふとあるおもいつきをしますと、関平に背をむけて自分の着物の中をあらためます。それからなにごとか、関平にみみうちしました。
「おまえ、なんということを」
「兄上のとくにもなることではないですか」
 そのいいわけをきくと関平はよけいにいきどおって関興にちょっとげんこつをくれましたが、そのわりに、すぐにいうとおりにし、小づちをもう一回だけ、またふりました。
「一部分だけ、もうちょっとよけいにおおきくせよ」
 これで完ぺきです。

 めでたく兄をまんぞくさせられるようになった関興はすえながくしあわせに、きもちよくくらしました。
 次回の父のしかえしがこわいとそうおもいながら。


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