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「しかし、」
ようやく人心地ついて居室に落ち着いた関羽は、しばし嘆息する。
「なにもなかったのだろうな」
「なにもということはないですが。あちこち転戦しましたし、高名な将とも数多く対戦いたしましたから」
ふざけているのではなかろうなと、探るように関羽は相手を眺めたが、そんな芸当ができる息子ならば自分だって今まで手をこまねいてはいなかった。
おいしいものを後に取っておく趣味など決して持ちあわせない関羽だ。
「いや、その、なんだ。聞いたが、蘭丸殿とかいう小姓を公はお持ちだろう」
「は? ええ、大層な美童とは聞きましたが、今回は帯同されておりませんでした。見かけておりませぬ。やはりはぐれたのではないかと」
父の口調が妙に歯切れ悪い上に、話のつながりが関平には見えない。
──それは、余計まずくはないか。よもや手持ち無沙汰にこの息子を。ああした嗜好の人物は手が早いというからな。
「それがどうか?」
「いや。なんでもない」
関羽はできる限り婉曲に、かつ誤謬のないように言葉を選んだ。
「なにかと言うのは、つまりだな、父に言えないようなたぐいの。うむ、そう。そういうことだ」
「父上に申し上げられぬことなどなにも拙者には…、あっ!」
関平は声を上げると、かっと赤くなって黙り込んだ。
ようやく意を得た関羽だが、この反応は解せない。まさかとは思うが。
「なんだ、なにがあった」
「い、言えませぬ」
行き会う女性に次々とかわいいと評されたことは、多感な年頃の青年にとって恥辱だった。
「ええい、言えと言うのだ」
「とりわけ父上には申し上げられません! お許しを!」
首を締め上げられ結局白状させられた関平だが、聞くなり関羽は馬鹿馬鹿しいと吐き捨てて息子を放り出した。
あきれ果てたが、しかしこの様子なら、心配はまずなかろう。
とはいえまったく無知というのもどうにも扱いづらいもので、息子も妙齢となり関羽の方でもそろそろ手ほどきしてもよい時期かとは思っていたものの突破口が見い出せずにいたのだ。
そのために息子がじれて突発的な反目行動に出たことは、関羽にとって悔やまれる誤算だった。
「よいか、関平。二度と知らない人について行ったりしてはならん」
「父上、二つや三つの幼児じゃないのですから」
「お前の場合、大差ない。いいか。お前が知るべきことがあれば、しかるべき時がくれば父が教えてやる。この父がみずからな。誰かが、いいことを教えてやる、面白いことがあるなどと言って誘ってきても、二人きりになったりすることはまかりならんぞ」
「あっ、そう言えば!」
「なにっ!?」
「碁を教えて下さる約束です」
色めき立っただけに関羽は脱力した。
「お前に碁は早い。五目並べでもしておれ。碁など、閨の暇つぶしにするものだ」
「では、閨の暇つぶしで構いませんから、父上」
意味が分かって言っているのならまだ救われるのだが。
──いっそ、公になにもかも教育してもらった方がよかったのだろうか。
幸せ一色の息子を前に、前途多難な関羽だった。
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