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漢の建安十九年秋七月、水関──



 劉備が劉封・関平を伴って入蜀して二年半。いよいよ攻撃に転身し、明日七月六日は城へ軍を進める。
 戦火の最中で当日は祝えない七夕を繰り上げた酒宴で、星の読めない無聊者とからかわれてさんざん酒の肴にされた関平は、今は河岸を変え戸外に席を設けさせて飲み直しながら劉封に教えをこうていた。
「天の川はご存知ですね?」
「私を馬鹿にしておられるのですか」
 先だっての席でもこんな調子で遊ばれたのだが劉封まで尻馬に乗るとは。関平は気分を害した。
「では天の川星は?」
「本当にそんな星がございますのか」
 ひどい目にあった後なので半信半疑だ。
 しかしこれを機会に星宿を学ぼうにも満天の星は関平になにも訴えかけてこない。きれいだとは思うのだが。
「どうも私には向かぬようです。劉封殿はどうやって星を読むことを覚えられたのですか」
「私はそもそも星が好きなのですよ。星を見上げておりますと人など小さきものだと思い知ります。その星さえも天の川の中にあっては一つ一つが見定められないほどちっぽけだ。してみるとこの世に大事などないのではございますまいか」
「そのようなものですか」
 関平はぴんとこない様子だ。
「関平殿には星を眺める必要はございませぬよ。大地に足を着けて生きてゆかれればこと足ります」
 あれからちょうど六年。
 同じ七夕の頃、同じように戦を前にして酒を飲んでいるのにあの時の彼とは違う。
 腕を伸ばせば抱きすくめられるあの時と変わらぬ距離にいても、捕まえられるところに今はいない。
──もう迷いはないのですね。私の助けなど、もうあなたは求めない。
 本来たくましい性分の彼は余計な手助けをせずともきっと一人で持ちこたえたのだろうけど。
──ただ私があなたと寝たかっただけなのかも知れませぬ。
 劉封は苦い笑いを含みながら関平に示した。
「天の川星はあれです。天の川がふた筋に分かれる根元あたり、白く光る大きな星です。牽牛と織女を三角に結んでいるのです」
 指さされた方角を関平はためつすがめつして見極めようとするが、そもそも牽牛と織女が分からないのでどうにもならないようだ。
「まあ、もういいではありませぬか。星を必要としない人には星も理解されたがらぬのですよ。それよりももっと飲まれたらいかがです。忘れるための酒なのでしょう」
 一瞬、二人の間にあの夜がほうき星のようによぎった。
 関平は三日月の月明かりでもはっきり分かるほど赤くなって言葉を失った。
 劉封も思い出した。
──あの晩も、同じことを言った。
 あれ以来、お互い口にのぼらせたことのなかったあの夜。苦しみが二人を近付けた夜。
 数々の戦を経て思い惑う心も麻痺したが、傷はふさがっても跡を見ては忘れられないように、当時をなかったことにできるわけではない。
──私は揶揄したりいたしませぬよ。あなたの苦悩を。決して。
 まじめにそう言おうかとも思ったのだが、蒸し返すより流してしまおうと、ただもう一献勧めた。
 自分には若気の至りのただの思い出でも、彼には触れたくない過去だろうから。
 どうにも気まずく場が静まるので、自分は手酌で劉封は話の矛先を変えた。
「──関平殿、人は死ねば星になるでしょうか」
「星にですか」
 あからさまにほっとして関平は答えた。不穏当なその発言を聞きとがめる心の余地もない。
「魂が天に昇るとは聞きますが、それよりも土に還ると思った方が私はなじみます」
「やはりあなたに星は必要ないようです」
 劉封は珍しく声を上げて笑った。
「かなうことならば、私は星になりたい」


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