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さかのぼって、漢の建安十三年秋七月、博望坡──
──初陣か。
劉封と協同ではあっても、初めて兵を率い、将としてのぞむ陣。
諸葛亮の言葉によれば、明日夕刻夏侯惇の一軍が到着する。床に横になって目を閉じても寝返りを打つ度にそう考えてしまい、眠気が訪れるどころかますます目はさえた。
眠ることはしばらくあきらめた関平が陣幕を出ると、ようやく涼しさを伝えるようになった初秋の夜風が心地いい。
しばらく風に当たっていると、思いがけず声を掛けられた。
「関平殿、やはりまだ起きておいでですね」
「これは…、劉封殿。なぜこのような時分に?」
「私も初陣の前の晩は寝付けなかった。そのような時はほら、これですよ」
酒瓶を掲げて見せる。
「これはいい。かたじけない。お入り下さい」
「劉封殿といると田舎の兄を思い出します」
なかなか酔えない酒のつまみにか、関平はかつて口にしたことのなかった郷里の話を始めた。
「兄は学問ができて物静かでした。私はやんちゃ者だったから、よく兄にたしなめられました」
「関平殿は親元におられたのでしょう? お父上はよく関平殿を手放されましたな」
「私から田舎の父に言ったのです。父上に──関羽将軍にお供させてくれるように、どうか頼んで欲しいと。私は武芸しか取り得がないし、父上のような立派な方にお仕えしたかったのです。まさか父と呼ばせていただくことになるとは思ってもおりませんでしたが」
その時のことを思い出す。母はとめたが、父と兄は進んで送り出してくれた。
もう生きて会えることはないだろう家族。別れを告げる間もなかった懐かしい友人。すべてを置き去りにすることになっても武に賭けてみたかった。
「劉封殿は伯父上がぜひにと望まれたそうですね」
剣を持っては勇猛で、常には柔和。劉封殿はまこと優れた方だと、関平は日ごろから思っていた。劉備が周囲の言も入れず、異姓の養子縁組が忌み嫌われることも省みず、息子として迎え入れたのも無理からぬことだ。
劉封はそれには答えず、関平に酒を注ぎ足してやりながら、にこやかに言う。
「もはや関平殿は関羽将軍にとって実のご子息以上ですよ」
「それならば嬉しいが。しかし父上には興がおりますから」
劉封はわざと少し間をおいて、言った。
「まだ人となりも分からぬような子供でしょう。禅のように」
初めて見せる劉封の冷めた様子に、言葉をなくして関平は杯をあおった。
痛飲してもう夜は半ばを過ぎたろうか。関平はだらしなく泥酔して卓にうつ伏していたが、それでも眠り付けない。
見ると目も閉じて身じろぎもせずにいるので眠ったのかと思えば、
「劉封殿。劉封殿は初陣の首尾はいかがでしたか」
ろれつの回らない口調で、まだそんなことを話している。
「まだ考えておられるか。なにもかも忘れるための酒ですよ。酒に強いのも時には困り物ですな」
「到底眠れそうもございませぬ」
「それだけ酔っ払っておられれば床に入ると同時に夢を見始めますよ。さあ、もうころあいでしょう」
肩を貸して寝台に導いてやるが横にならず、うとうととするばかりで眠ろうとはしない。
関平は遅い初陣であるだけに圧力も大きいのだろう。
関平にしても劉封にしても、過ぎるほどに立派な親を持って、人の見る目は厳しく、果たさねばならない任は重い。
そして生まれを離れて身一つで養父の元にある自分たちには武功を上げることでしか身を保つすべはない。
わが身に重ねて気の毒に思い、大部分は真に親切心から、少しばかりの悪ふざけを込めて劉封は耳元にささやいた。
「もう一つだけ、よい方法がありますよ」
立て膝に頬杖を突いている関平の顎を捉えて、劉封は唇を合わせた。
ところが、関平は逆らう様子も見せず、むしろ体を預けようとしている。
帯をほどき切ってもそれは変わらなかった。
仕掛けた劉封がかえって心配になる。
「関平殿、これ以上進めば引き返せませぬが、よろしいか」
「なにも聞かないで下され。なにも考えたくない。劉封殿のよろしいようにして下され」
劉封がまだ逡巡を見せるので、関平の方から引き寄せて唇を求めた。
「ん…」
経験があるわけではない。勝手も分からない。ただしゃにむに、誰かの腕が欲しい。
「私があなたの救いになるのでしたら」
劉封のその言葉の重さを理解できるほどには関平の苦悩はまだ深くなかった。
劉封はゆっくりと肌をたどった。
首筋から胸元へ。胸元から腕へ指先へ。
核心に触れることを先延ばしにするように、ことさらゆっくりと。
なかば自棄になっている彼に正気に戻る猶予を与えるように。
しかしそんな静かな愛撫は関平の意に沿わなかった。
「劉封殿、そんなに私を丁寧に扱わないで下され」
もっと強くかき乱して欲しかった。自分を保てないほどに。
「どうか、劉封殿。私は自分のしていることを分かっております。愚かなことをしていると、ちゃんと分かっております」
「分かり申した」
劉封は深く口付けながら、下に触れた。
「ああ!」
最初から強く揉みしだく。自分たちは決して情に溺れようとしているのではなく、これは悩みを忘れようと杯を交わし合う、単にその続きだと。
「は…」
目もくらむような肉体の快楽。まっすぐ劉封は関平を頂上に押し上げた。
「うう…っ」
握り締められる手に自分の手を重ね、劉封は腕の中の人をねぎらった。
ひとしきり休息すると、自分だけ楽しんだ気まずさから関平は不満を述べた。
「劉封殿はお優しすぎる。もっと勝手になさって構わないのです」
「そんなことはございませぬ。まさに今からあなたをひどい目に合わせます。こうして」
わざといささか乱暴に寝台に押し付けたが、たじろぎを見せない。
「関平殿、これからなにが起こるかご承知の上でそのようにしておられるのですか」
「ええ、どうぞ。私に拒否権など与えないで下され」
「それは卑怯だ。私たちは共犯のはずです」
「もちろんです。さあ」
関平が意志を曲げる気がないのを理解すると、慣らすことをそこそこに体をつないだ。
「く…」
さすがに苦しみに眉根を寄せる。
しかし、苦痛にあえいでいるのを見て取って前を慰めようとする劉封を制した。
「いりません。このままで」
快楽が欲しいわけではない。今はこの純粋な刺激を追っていたかった。
善も悪もなく、体の命じるままに。
「あっ、あっ…」
追い詰められるままに、関平は声を上げた。
「関平殿…」
呼ぶ声が甘く聞こえる。
──優しくなさらないで下され。どうか。
そう頼みたかったが、口を利ける余裕はない。代わりに劉封の肩を強く引いたが逆効果だった。
「ふ…、あ──」
劉封は首筋に戯れかかり髪をなで、まるで愛を語るようだった。
しかしそうしているのも長いことではなく、次第に劉封が高ぶりを増しているのが分かった。
強く、追い詰められる。
そうして自分の中の抑圧されたものが煮詰められ、高く積み上げられて、はじけんばかりに押しつぶされた。
「ああ──…っ」
ついに訪れた解放に、関平は歯を食いしばって耐えた。
「はあ、はあ、ああ…く……」
同時に極めた劉封が抱き締めてくるその腕はまだ優しすぎた。
劉封は関平の腕や首筋に口付けていたが、やがて彼が安らかに眠ってしまったので後始末をして陣幕を出た。
降るような星が頭上にまたたいている。
──そろそろ七夕か。天の川が美しいな。
地上で小さな人が悩み苦しんでいることなど我関知せずと星はまたたいている。
そして、悩み苦しむ人の目にも星は分かたず美しい。
その冷たさにこそ、劉封は安息を得た。
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