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 目を覚ますと兄がいない。
 嫌な予感がしてただちに起き出すと案の定、むごいほどの快晴だった。
 慌てて着替えて陣幕を出る。
 外は兵士でごった返していた。
 水害に乗じて魏の七軍を平らげた荊州軍は、今は樊城への進軍を再開する。

 人ごみをかき分け兄を探すと、配下の兵に指示を出しているところだった。
 関興に気付いて振り向いた関平は、以前の冷静な目で弟を見た。
「起きたのか。父上の使いで成都まで参るのだろう? 伯父上たちにはよろしく申し上げてくれ」
 とても残酷に。
「始めからこのつもりだったのですか」
──雨さえやめば、用済みだと?
 関平は答えなかった。どんな答えようがあるだろうか。
 関興がなじるような目で見つめてくるのに目をそらすと、晴れ上がった空が嫌でも目に入る。
 自分たちの罪を覆い隠した雨を追いやった太陽。自分たちの罪をあますところなく照らす。
 今はそれがありがたかった。許さずに罪を突き付け、どうか自分を責めて欲しかった。
「雨が、」
 独り言のように関平は言った。
「雨が私を惑わせたのだ」
 本気ではないのだと。過ぎたことだと。
「すべて雨のせいですか。兄上のお気持ちは私の上にはまるでないのですか」
「雨が降っている間は、私も本気だった」
 それは告げなくてもよかった本心だった。
 ずっと心をため込んでいつの間にかなくしてしまった率直さを、まだ失わない弟が愛しかった。
 しかしそんな自分は、道ならぬ恋に夢中になっている弟とは違った。若い弟は漠然となんとかなると思っていたようだが、長続きするわけはないと自分は初めから分かっていた。
──重々知っていて、それでいて私は。
 大人のずるさで弟を深みにはめておいて、都合が悪くなったと捨てるのだ。
 それでも、あと数日でも雨が長引けば立ち戻れないところにまで自分は踏み込んだかも知れなかったが、しかしそれも、終わったことだ。
「雨がそのうちやむのは分かり切ったことではないですか! それを…」
「すまない」
 弟の言葉をさえぎった。なんと言われようと、謝る他にどんな答えようがあるだろうか。
「私は武人だ。雨の中では生きられない」
 こんな時でも実直な兄を、関興は恨んだ。
 たった一言、本意ではなく今は別れるとさえ言ってはもらえないのか。

 自分に掴み掛かる関興の袖紐が解けかけてるのを見た関平は結び直してやろうとして、思い直してかえってほどいて差し出した。
 紐を結わえるのは忘れ事をしないまじないになるという。それを思い出していた。
 ほどいてしまえば、忘れられないようなあやまちも過去になるだろうか。
「雨に迷わされたのは私だけではない。お前は若いから、砂が雨を吸うようにほどなく跡形もなく、忘れるだろう」
「迷ってなどおりません。始めから、ずっと私は、」
 関興は必死で言い寄った。自分の心が不確かに揺れたことを、特に兄に対しては認めたくなかった。
「今度会うまでにはお互い忘れよう。その時には笑って話もできよう」
──私は忘れられそうにない。歳を取れば嘘をつくのは上手になるが、心はいよいよままならなくなる。
 関平は苦く自嘲した。
「ではな」
 軍勢の副将を務める関平は、部下を差し招くと馬上の人となった。
「参るぞ」
 よく通る声で兵卒を率いる。
 戦袍に着替え、鎧を身にまとった兄は昨日までの兄ではない。
「なにもかも忘れろとおっしゃるのか兄上!」
 叫んでももう届かなかった。



惑うことも覚めることもただ雨に言い訳して、次に会う時はただ兄と弟。
それがあなたと別れた最後。思えばたった五日の情事。


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