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「相手にならぬ! 次は誰だ。誰でも構わぬ。周倉! 掛かってくるがよい」
周倉は肩を竦めて遠慮して見せた。
血気にはやる将兵は小止みになった雨を見て幕内にじっとしていられなくなり有志が集まって手合わせを始めたのだが、今日の関平の太刀は当たるべからざるものがある。普段は温厚な若将軍も剣を握れば関羽将軍並みに恐ろしいと言われるが、今日の迫力はただごとではない。
「もうおらぬのか!?」
底光りする目でにらみ付けられては応える者は誰もなかった。
「ちっ! 今日はもうしまいだ」
関平は剣を収めると早々にその場を後にした。
一人になってもいら立ちは収まるどころかつのる一方で、関平はじっとしていられなかった。
──なにが間違ったのだ。
忘れようと思っても忘れられない。剣でさえ打ち払うことはできなかった。
昨日の晩、自分がなにをしていたのかを。
昨日の晩どころかほんの数時間前まで、弟が自分の体を抱いていたことを。
鮮明に思い出してしまい、関平は大きく首を振った。
──なぜこのようなことになってしまったのだ。
嫌ならば逆らえばよかった。いや、好悪に関わらずそうするべきだった。しかしそれをしなかった。あまつさえ──。
醜態を思い出して悪寒を覚え二の腕をさすると、弟がそこをつかんだ感触がまだ残っているようで、慌てて手を離した。
体中に残っている。腕にも、昨日までは知りもしなかった体の奥にも。
恐ろしくいらだっていたかと思えばしおらしくため息をついている関平を、まわりがいぶからないはずはなかった。
「ふう」
考え込んでいた関平が顔を上げると、近従が気遣わしそうに見ている。
「なんだ」
「若将軍、軍議の時刻を随分と過ぎております」
「この馬鹿者! なにをしていた」
頭ごなしに怒鳴り付けられる。当然ではあるが、関羽は部下の中で関平に一番厳しい。
──なにをしていた…?
目の前が暗くなりそうだった。
父の怒りに関平が言い訳も反論もしないのはいつものことだ。しかし様子がおかしい。
関羽がそう考えていると、関平は人払いを頼んで父の前にひざまずいた。
「父上、私は間違いを犯したことをお詫び申し上げなければなりませぬ」
「一体なにをしたという」
挙動不審にはこれで説明がつくが、こんなにうなだれなければならないほどの罪をどう犯すのだろう。戦が今は沙汰やみだというのに。
関羽の思考には戦犯以外の罪はなかった。
「それは…。いえ、申し上げられませぬ」
鋭い父の視線を関平は避けた。
「それでは筋が通らぬではないか」
「父上にはきっと関心をお持ちになられないと存じ上げます。されど私には捨てては置かれぬ大事でございましたゆえ、聞いていただきたかったのです。ただ許すとおっしゃって下さい。私の心のためにどうか。もはや分を越えた望みは持たぬと誓います」
関平は詰め寄って取りすがった。
「分を越えた望み?」
「お願いでございます。どうか!」
関羽は関平の思慕をまったく悟らなかった。ただ息子が些細なことに悩んでひたすら自分の許しを欲しがっているとだけ察し、むしろ面白がって言った。
「分かった分かった。なにごとか知らぬが、日ごろの忠孝に免じてすべてこの父が許そう。このたびは不問にいたす」
その言葉。関平は自分の心の懊悩に父がなんの重きも置いていないと、突きつけられる結果になった。
賭けてみたのだった。なににそんなに心を悩ますのかと問い詰められ、問い詰められるに任せて心を吐き出してしまいたいたかった。
しかし関平は自分の言葉通りに、免罪と同時に望みを手放すことになった。
父に絶望すると尚更昨日の晩が思い出された。己の品性をののしりながらも、あの悦楽をまた求めないではいられない。
元が無色だっただけに色には染まりやすく、若い肉体の欲求には逆らい切れず弟にたびたび体を任せた。
実の息子だけあって、関興は関羽によく似ていた。
抱かれて惑溺すれば、父に愛をささやかれたように思いなすこともできる。
そんな醜態だけはせめて演じないようにと関平は自分を律した。父のためにも弟のためにも、なによりも自分自身のために。
関興もそれを恐れているらしく、抱いている間しきりに自分の名を呼ばせた。
自分の腕で兄が父を思っているかと想像するといたたまれなかった。
しかしそんな心配も一日二日のもので、意のままになる兄が自分を受け入れてくれていることを次第に関興は確信した。
そして現金なものでそうなれば、兄を熱望した自分を思い出せなくなった。
「なぜ私は兄上のように手元に置いて下さらないのですか」
珍しく自分を召し出して酒の相手をさせる父に関興は、兄には何度も尋ねた問いを投げかけてみた。
「平は心根が優し過ぎるところがあるから、父の補佐に付けて鍛えているのだ。お前にはその必要はない。早く一人立ちすることを考えよ」
自分をほめて言っていることは分かったが、頭から疑って掛かっている関興は素直に聞かない。
──確かに兄上は私に体を自由にさせて下さるほど、お優しゅうございます。兄上のことは私の方がよく存じております。父上より、よほど。
なにも知らずにいる父を心で笑ってそう思った途端、いきどおりはすっと収まった。
そして心の裏側を見てしまった。
ただ自分は偉大にして尊大な父からなにか奪い取ってやりたかっただけではないのか。自分をいつまでも一人前に扱わない意趣返しに。
たまたまそれが兄だっただけで。
胸元をなめると兄はあえかな息をもらした。こうして反応が返ってくるのがなににも勝る喜びだった。
下をなだめてやりながら唇を合わせる。関平は声を上げるのを妨げられて関興にすがった。
「うっ、うう…」
先走りをすくって後ろを慣らしてやれば、ほどなくほぐれてそこが自分を待っているのが分かった。
急く心を押さえてゆっくりと、体をつなぐ。
「あっ、あっ、ああ……っ」
自分のものになる時の兄の顔を眺めるのが関興は好きだった。自分に酔わされ、自分に支配され、兄はまぎれもなく今、自分だけのものだ。
「はあ、はあ、興、興…」
「兄上、よろしいのか?」
言いながら、既に覚えた一番喜ぶ場所へ押し付けてやる。
「いい…、あ、あ……。いい…、興…」
自分の与える喜びに兄がひたっている。
関興は兄を無闇に攻め立てることはせず、互いの高揚を計りながら悦楽の淵を分かち合った。
──自分は兄を愛しているのであり、その兄を抱くことになんのとががあろうか。天になんの負い目があろうか。
無軌道なようで理屈を欲しがる関興は関平とは逆の性格をしていた。その関興が寄るところの理論は、つまりそういうことだった。
しかし終わってしまえば男の性で、どうしようもなく心は冷めた。
兄の体がまだ引き止めるのを強いて引き出してしまうと、中から己のものが流れ出てくる。
その浅ましい様子は、自分たちがただ淫蕩に、情欲にふけっていることを明らかにしているようだった。
たまりかねて関興は余韻にあえいでいる兄を押さえ付け、むさぼるように口付けた。
ようやく肉体の快楽と精神の責め苦を乗り越えて息をついていた関平が逆らおうとするも許さず、ますます力ずくで征服する。
気が済んだわけではなかったがようよう関興が放したのは、舌がしびれるような口交に体が再び反応し始めてからだった。
「なにゆえ」
なぜこうも強引なまねをするのか。関平はそう聞いたつもりだった。
しかし、なぜ抱くのかと問われたと関興は感じた。
そしていよいよ分からなくなり、黙り込んだ。
今日も雨。熱心に求めてくる弟に、朝から同衾している。
振り向いてくれない人の見返りを求めてなにも悪あがきをせずとも、黙っていて与えられる愛にひたっているのはなんと楽なことだろう。そして、愛をくれる相手に心を傾けることなど、なんと簡単だろう。
欺瞞だと分かってるのに。
「兄上、この雨はいつまで続くのでしょう」
雨が降り続ける限り弟は江陵に帰れず、戦も再開しない。
雨がやんだら自分たちはどうなるのだろう。
「分からぬ。どうせ私が決められることでもないのだし」
関興のするに任せたまま、くすぶる炎がまだだるく、そう答えた。
関平が自分の問いの意図を正確に受け取ったので、兄も自分と同じ気持ちでいると関興は悟った。
抱くほどに深くなる兄の体に、考えることをやめて関興はのめりこんだが、雨は翌日、ついに上がった。
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